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老親とともに 信子と啓子
いい人(啓子)

 晩年足が不自由になったが最後まで頭は明晰だった父と手足は自由だが物忘れし始めた母とは、文字通り支え合って生きてきたのだと、父の死後にわかった。
 介護保険がまだなくヘルパーさんに家事援助を頼んでいなかったころ、買い物を頼まれることがしばしばあった。父はそのたびに母に「立て替えてもらったお金を返したか」とうるさいほど念を押していた。親子の間でも金銭関係はきちんとすることが我が家の習慣となっていった。
 父が亡くなって母は自分がしっかりしなくてはと思ったのか、しきりとお金のことを気にするようになった。
 「今日はいくら返せばいいの?」
 「うーんと1750円かな」
 「5千円札しかないわ。おつりある?」
 「えー?ないからこんどまとめてでいいわ」
 小銭入れを探してきた母は「2000円あるわ。250円おつりある?」
 母は引き算はまだできるのだとほっとしながら、お釣りを返す。それから5分も経たないうちに母はまた財布を出してきていう。
 「今日の買い物のお金返さなくちゃ。いくら?」
 「いま返してもらったじゃないの」
 夕食の手をふととめて母は言う。
 「今日のおかずはあんたが買ってきたんでしょ。返さなくちゃ」
 「さっき、もうもらった」
 「そうだったかしら」
 「もらっていなければちゃんと言うから大丈夫よ」
 9時を回ってそろそろ帰り支度をする私を見て、母はまた財布を持ってきて言う。
 「清算しなくちゃ」
 「私が悪い人だったらお母さんから何度でもお金もらっちゃうね」私はじれじれしてしまう。
 「子どもが親をだますわけないでしょ。信用しているもの」おっとりと母はいう。
 私が帰るとき母は玄関先に出てきて、私が道を曲がるまで手を振っている。その母が何か叫んでいる。忘れ物をしたかとあわてて戻ると「あんたにお金返すの忘れていたわ」
 お財布がなくなった、人にとられたと騒ぐ高齢者が多いと聞くが、逆にどんどん支払おうとするのが母である。
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