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老親とともに 信子と啓子
深い眠りへ(信子) 10.01.15

 新しいCDカセットコーダーを買ったのは一週間前、久しぶりの贅沢な時間に戸惑ってしまいそうな気分だった。流れ出る音にあわせて母との思い出が、洪水のようにあふれてくる。
 母が逝って間もなく一年。あらためて母の最期の69日の記録を読む(A4一六枚)。

 母は介護付き有料ホームの体験入居中、突然の高熱に見舞われ、緊急入院し、重篤のまま69日で息を引き取った。
 母の緊急入院の日、運悪く私は歯科の予約受診があり、入院に立ち会えず(夫と休暇中の長男が付き添う)、急ぎ駆けつけたときは、母はやや落ち着いてはいたがぐっすり眠っていて、私の声もまったく届いている様子はなかった(肝機能の数値が異常に高く、医師の診断は肝機能低下。しかし、母は体験入居の10日ほど前に詳しい検査を受けており、きわめて健康で何の問題もなかった。肝臓の数値も正常、肝臓を患ったことも私の記憶にはまったくないので、首を傾げた)。
 翌日、姉と二人で出かけると、ナースステーションで車椅子にかけご機嫌でお喋りをしている。熱も下がり何も問題なさそうでさえあった。ただ、言葉が不明瞭でしきりに口を動かすのだが言葉が出てこない。五十音の文字盤を使ってみるけれど文字を指し示すのはきわめて困難で、こちらで暗示的に指し示しても母を苛立たせるばかり。三人で「四葉のクローバ」を何度も歌った、口をそろえて繰り返し繰り返し、母はとても嬉しそうだった。結局、母には会話をする力がなくなってしまったのだろうか、言葉の断片をもどかしそうに発して、必死に何かを伝えたがっているのだけれど。一体何が欠落してしまったのだろう。
 母と姉は「コロッと?」「ああ、ころっと」「コロッと死にたい?」「ころっと逝く?」「うん」などと笑いながらいい、姉は泣き笑いなのか、もう泣いているのか。私が、看護師に入院中のレンタル用具の説明を聞きにその場を立とうとすると、母は「みち、みち、みち」と私を追う。予定されていた検査時間まで、母はずっと姉の手をしっかり握って離さなかった。
 そして、母はこの日を境に意識不明となり、完全にもどることはなかった。
 三人で歌った『四葉のクローバ』、これが母の娘たちへの最後の贈り物だったかのように。

 エコー、レントゲン、CT、MRIとあらゆる可能な検査が予定表に書き込まれた。
 握りしめた姉の手を離して、検査室に消えてから、一体何があったのだろう。翌日私は変わり果てた母の姿に愕然とした。むくみ、荒い息、痙攣、黄疸までも……母は、時折眉を寄せるような仕草をみせるだけで、どんな呼びかけにも無反応。担当医師のS先生は「検査の結果、現在の症状に結びつく大きなダメージは見受けられません。しかし、ご年齢ですから、このまま大往生という場合もありえますので、お身内の方にはお知らせをしてください」と。そして、出来うる限りの対症療法をほどこしたい、ご本人の『延命措置に関する意思表示』にそって医師として出来ることをいたします、と。S先生は、検査データやフィルムを示しながら症状との因果関係を説明してくださった。しかしその原因なるものが何なのか、たとえそれらしい「胆管癌とおぼしき影」が本物だったとして、今それを追及する意味はあるだろうか、姉も私もS先生の治療方針を伺い、何よりも先生の誠実で真摯な姿勢に信頼して、母の最期をたくすことに納得した。
 S先生のご尽力と母の生命力のねばりで、母は笑顔をみせ、声を出し、顔をゆがめて「痛い!」と叫び、看護師の呼びかけに「ハイ」と返事を返すことも……あったのだけれど。
 母の日々の変化に一喜一憂する私に、先生は「お母様は深い眠りについておられます」と、私が「昨日は、お風呂にも入り、髪も整えてもらったりしたのに、今日はまったく反応がありませんが」「私の声が届いているのでしょうか」と尋ねると、先生は「時々の刺激に反応なさることもありますが、ほんの一時的なものです。お母様の胸をたたいて反応をききます。反応があれば、お声が返ってくるのです。お母様はもっともっと深い眠りの中でしょう」と。
 毎日の私の挨拶と、「四葉のクローバ」のフレーズは母に届いていただろうか。

 S先生は何度かいわば「危険宣言」をなさった。しかし、母は二度までも却下して、よみがえった。血圧も脈拍も堂々と戻して、しなやかに生きている。何だかいかにも母らしく、大騒ぎをしてはけろっと何事もなかったように、静かな呼吸を繰り返している。いつもの母が、強じんな母が、生きている。
 けれど、先生との約束を果たすかのように、三度目のその日、母は逝ってしまった。
 もっともっと、深い眠りへ。

 緊急入院から69日目、死亡診断書には「多臓器不全、原因 胆管癌」と記されている。年齢は96歳と11ヶ月、間もなく97歳の誕生日だったのだから、立派な大往生である。私と母の濃密な10年も終わった。
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