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老親とともに 信子と啓子
次のお薬(信子)

 母は、まもなく96歳になる。平均寿命をはるかに超えて、こんなに長生きできるなんて家族の誰も思い及ばなかった。一族のなかでももっとも長命だし、周りの助けは必要だけれど、ほぼ普通の日常生活を自分の力でこなせているところが立派だ、と思う。
 よく長生きの秘訣は?とたずねられると、母は「あえて言えば食生活かしら」などと答えているものの、私の記憶にある母は、よく病気で寝ていたし決して健康だったとは思えない。父や姉が台所に立っていたのも珍しくない。確かに、父も母も食いしん坊で、おのずと食に重点をおく生活であったともいえる。とにかく母は料理が好きで、手間隙をかけていろんなものを食べさせてくれた。
 私はといえば、体によいものをさまざまに工夫をこらし美味しく料理して食べるという心がけには乏しく、基本的には食べたいもの美味しいものを食する、それが著しく不健康でない限り。いささか詭弁といえそうだけれど、母の晩年の健康に関しては、私に責任があるとはいえ、すでに母は自分の健康を長年にわたって十分に守ってきているので、安心している。
 しかし、健康は心も体もバランスよく元気であることが望ましい。老いればいっそうそのことを痛感する。母の健康に関して私に責任があるとすれば、母の肉体的健康にふさわしい認知力を維持できるよう協力するということだろうか。物忘れに待ったをかけるアリセプトの服用はたしかに驚くほどの効果があったし、母も大喜びで医師にお礼の言葉を再三述べている。けれども、老いは病いではないからどんな特効薬にも効き目には限度があるし、完全に治癒することはない。そしてアリセプトの期限は切れた。
 残酷にも期限切れの効果は覿面、「もう、効き目はないわね。」ぽつりとこぼした母が、かわいそうでたまらなかった。主治医のN先生に話したところ「お母様は自分の衰えていくことをよく分かっておられる。だからいっそうつらいのです。」といって、「このお薬を使ってみましょう。脳を活性化する薬です。イブロノール錠20ミリグラム、しばらく使ってみてください」と処方された。
 母の状態はさして変わらず、この新しい「次のお薬」をきちんと服用している。
 アンチエイジングという今や流行の言葉、どうもこの考え方が気にかかる。自然に老い自然に死を迎え入れるという考え方とは反対の極にある。
 それはどこへ行くのだろう。
 「次のお薬」の次にまた『次のお薬』があるのかしら。
 母の健康係である私にも、特効薬が必要のようである。
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