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老親とともに 信子と啓子
黒豆のソナタ(靖子)

 師走に入って店頭におせち用の食材が並び始めた。
「今年も黒豆とくわいだけは煮ようかしら」と母が言う。黒豆とくわい、この二品は数ある正月料理の中でも母の十八番である。                   かつて私たちが子供の頃、母は寝る間も惜しんで何種類ものおせちを、それも大量に用意した。元旦の朝がくると、お膳の上には色とりどりのおせちを詰めた赤や黒のお重や、お屠蘇用の銀器が賑やかに並んでいて、まるで魔法のように感じたものだ。お正月の三が日には従弟妹たちとその両親、親戚や父の会社の人たちまで、お客さまも多かった。羽根つきや百人一首、福笑い、そして双六と遊びは尽きず、子供たちは普段忙しい大人にも相手をしてもらえるのが嬉しくてたまらなかった。
 やがて私たちが嫁ぎ、来客もだんだん少なくなったが、母は手を抜かずに父や娘たち夫婦、孫たちのために腕を振るった。男ばかり3人の孫たちが育ち盛りの頃は、おせち料理の外にちらし寿司や大鍋いっぱいのおでんも登場した。あれから何年になるだろう。その孫たちも今はそれぞれ家庭を持ち、父も亡くなって、母の作るおせちは種類も量も年毎に減った。そして残ったのが黒豆とくわいである。
 「ぴったり3軒に分けましょうね」と母はキッチンスケールとジブロックを持ってきた。つやつやと光って、はちきれそうに膨らんだ豆はいかにも美味しそうである。「一粒ずつ味見しましょう」と母が言う。二粒残して煮汁まで正確に3等分した。
「では、試食ね」母と2人で一粒ずつ口に入れ、私はつい神妙な顔になる。
「うわ〜、最高!甘さも品がいいわ」
「去年は吹きこぼれて失敗したから、今度はつきっきりで頑張ったのよ」と言う。黒豆を煮るのは手間がかかる。砂糖と塩少々、重曹を加えた水を煮立てて洗った豆を入れ、沸騰したところで火を止めて蓋をし、一晩置いてから火にかける。次から次へと出てくる泡状のアクをすくい取るのが大変なのだ。うっかりすると吹きこぼれてしまう。豆が軟らかくなったら空気に触れないようにガーゼを被せ、煮ては火を止め味を含ませながら合計10時間かけて仕上げたそうだ。何年も試行錯誤を重ねて会得した母流黒豆の術である。以来30年近く、娘たちは未だに‘ママの黒豆’を当てにしている。
「釘はまた来年使うから取っておいてね」
ガーゼで巻いて木綿糸で縛った釘は黒豆の艶出し用である。引き上げてみたら錆が落ちてピカピカになっていた。1年経つとまた丁度よい錆具合になるのだと言う。
 「おめでとう!」
新年2日に母娘3人でお正月を祝った。妹が持参した貴腐ワインでまずは乾杯。夫たちや孫たちの家族まで含めて賑やかに、とも思ったが、母がペースを乱さないように私たちだけにした。
「まあ、美味しい。私、この頃お酒に強くなったのよ。昔は奈良漬を食べても酔っぱらったのに」と言って、母はフフフと笑った。家には今や年代物になった母手作りの梅酒がたくさん残っていて、どうもチビチビ楽しんでいるらしい。テーブルの上の大皿には母が煮たくわいや高野豆腐、私たちが持ち寄ったおせちを盛り付け、市販の品々も添えた。
「やっぱりママの味に似ているわね」と私の炒り鶏をつまんでいた妹が言った。彼女の料理の腕前は母譲りである。
「ママの味もおばあちゃんの味に似ている?」と聞いたら「そうよ。おばあちゃんも料理が上手だったわ。お正月に食べた鱈の煮付けは本当に美味しかったわねえ。忘れられないわ」と、母もまた遠い日々を懐かしんでいる。
「おばあちゃんの黒豆はどうだったの?」
「しわしわ。でもそれはそれで美味しかったわよ」

母娘で祝う静かなお正月。おせちの味は思い出の味でもある。
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