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老親とともに 信子と啓子
年の初めの例とて(靖子)

新年明けて2日目。「おめでとう!」とドアを開けた私の目に飛び込んできたのはテーブルいっぱいに広がるお正月の色どり。朱塗りの銘銘盆に寿の祝い箸、袋の上には母の手でそれぞれの名前が書いてある。
その日は母娘水入らずで新年を祝うことにしていた。一足先に来ていた妹は大皿におせち料理を盛る準備をしている。
「上手に煮えたかどうか心配だわ」と言いながら、盛皿に並べられていく野菜の煮しめを見る母の目は嬉しそうだ。くわい、たけのこ、れんこん、にんじん、高野豆腐。上に散らした絹さやの艶やかな緑色が映えている。
「うわぁ〜、美味しそう。ママ、頑張ったのね」と思わず声を上げる。
「食べたいものを少しだけ作ったのよ」
そういえば前日の電話の時に「いま、ゆっくりゆっくり野菜を煮ているの」と言っていた。今では野菜も椅子に座って切るようになった母だから、長い長い時間をかけて取り組んだに違いない。
暮れの30日に母と一緒に買い物に出かけた。正月用品の調達である。街には人が溢れていたが、騒々しさばかりが目に付いて正月を迎える気分にはなれなかった。
「昔は日本髪を結っている人もいたし、『お正月が来る〜』っていう気がしたわね」
そうだった。ここかしこに新年を迎える雰囲気があった。家々には門松が立てられ、輪飾りが風にゆれていたっけ。店頭にはパック詰めではない小はだの酢漬けや黒豆が売られていたのも懐かしい。
「この高野豆腐は絶品ね」
「たけのこもれんこんも味がよくなじんでる」と、娘達は食べるのに忙しい。
「京都のおばあちゃんも料理が上手だったわ」
母の言う‘京都のおばあちゃん’とは母の母のことである。
「この歳になってみて、おばあちゃんは偉かったなあとしみじみ思うのよ。5人の子供達と住み込みの店員さんが3人、それにおばあさんもいたから全部で11人。何から何までよく1人で切り盛りしていたわねえ。大変だったと思うわ。」
「毎年暮れになると大きな鱈が三匹も届くの。それを身は身で、子は子で、白子は白子で煮て、頭は潮汁にして・・・・」と母は遠くを見るような目をして子供時代を懐かしんでいる。その顔に祖母の顔が重なるようだ。そして私は若い頃の母の姿を思い出す。新年には叔父や叔母達が家族揃って挨拶に来たし、親戚も多かった。寝たきりの姑の世話をしながらたくさんのおせちを準備していた母。子供心に“母はいつ寝るのだろう”と思ったものだ。今はいいおじさん、おばさんになった従弟妹たちがあのお正月の楽しさを語る。
「今年の黒豆は失敗。注意していたのに吹きこぼれちゃったの。来年のお正月迄にもっと腕を上げておかなくちゃ」
娘達はいつまで経っても母を超えられない。

 去年今年貫く棒のごときもの  ( 高浜虚子 )
祖母から母へ、母から私達へと続くべき棒のようなものを「祝う今日こそたのしけれ」
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