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老親とともに 信子と啓子
二人で床屋さん(信子)

 寒い日がつづき、風邪が二度目の流行期をむかえ、母は洗髪をひかえていた。少し鼻水がでたぐらいでも「風邪気味、お風呂はやめておく」と入浴も回数が減り、私は心配になる。「熱がなければ入浴は大丈夫ですよ。ゆっくり体を温めておやすみください。」とお医者さんにも言われるのに、「風呂に入らなくても、死なないよ」とよく言っていた父の言葉のほうがわかりやすいのだろうか。
 しかし、さすがにお風呂休みがつづくと洗髪のほうが気にかかる。何度も何度も「におわない?くさいかしら?何だか気色悪いわ」と。かといって、美容院にいくには冷たい風もこわい。
 そこで、「思い切って自家製でいこう」ということになったのだが......
 新しく家を建て替えたときに、洗面台も浴室同様、今風に大きく使いやすくした。しかし腰が曲がって座高が低くなっている母に、洗面台での洗髪が可能かどうか、洗い流し終えるまでの少々長い時間、立ち続けの姿勢を保てるかどうか。
 それに、そもそも私が上手に母の洗髪をできるかどうかだが、しかしまずやってみよう。
 湯加減は41度に設定し、シャワーを確認し、シャンプー(先日行き着けの美容院で購入した、刺激の少ない良質のものを用意)、ブラシ、タオルの用意。母の首周りにはガーゼのタオルでお湯が浸入(?)しないようにしっかり防護する。さらにタオルをぐるぐる巻きにする。そして、私はエプロンがけ。準備が進むと次第に元気が出て、その気になってくる。
 丸い小さな頭、96歳とは思えない豊かな髪、白髪こそ増えたけれど、細くなったとはいえまだまだ女の命......「お湯加減はいかがですか?」私がふざけて尋ねる。「結構よ、とてもいい塩梅(あんばい)」母も笑いながらこたえる。「お気持ち悪いところございませんか?」と私。「ああ、いい気持ち。上等、上等。ありがとう」と母。
 少し時間はかかったけれど、二度洗いをして、思いっきり流した。母は生き返ったような笑顔で「さっぱりしたわ、本当にいい気持ち」を繰り返しながら、ドライヤーを使わずタオルを何枚も取り替えて髪をぬぐっている。襟足に伸びた髪が少し気にかかる。「ここんとこ切り揃えようかしら」難しいことではないからと、おかっぱ頭のように散髪のサービスもできた。
 「昔あんたのお耳切ったわねえ」。私も思い出して大笑いをした。敗戦直後、床屋になんか行かず、母の床屋さんで間に合わせていたのだ。母がうっかり手を滑らせたのか、鋏みが錆び付いてでもいたのか。「お返ししないから大丈夫よ」私は、もちろん60年も前の痛みなどまったく覚えてもいないのに、何となく耳たぶに残っていた小さな傷あとを探した。「あれは痛かったよ」と私は大げさにいってみた。母は「ごめん、ごめん」と、でも笑いながら。
 午後からは晴れて暖かくなり、洗い髪も自然に乾き、母にも私にも心穏やかな一日であった。
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