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老親とともに 信子と啓子
一番はじめは一宮(靖子)

 我が家には20数年も前に母からもらった5個1組のお手玉がある。色とりどりの布を接ぎ合わせた六角形のお手玉は、形の可愛らしさもさることながら、色あわせや柄あわせにパッチワークの面白さもあって、見ているだけでも楽しい。以前から母に「いつか作り方を教えてね」と頼んであった。
 ある日のこと「今日は寒くて何も出来そうにないからお手玉でも縫う?」と言って、母が裁縫箱と端布の入った箱を持ってきた。
「うわ〜、懐かしいわねぇ」思わず声を上げた。「ママが好きだった着物の布ね」
濃いあずき色の地に淡色の小花が散った訪問着は、色白の母によく似合っていて私も大好きだった。
「ああ、これは私の絣の残り布」
見覚えのある布切れを次々に見つけて嬉しくなる。
「背骨が曲がって、もう着物は無理ね。そのうちに始末をしなくちゃ」しんみりと母が言った。
 お手玉は縦・横1:2に切った矩形の布を4枚接ぎ合わせて作る。色や柄の違う布をどう組み合わせるかがセンスの見せ所である。選んだ布を寸法に切って、いざ縫い始める段になったら針に糸がなかなか通らない。「この頃はすっかり視力が落ちちゃって」と母は嘆くが、娘の私でさえ老眼鏡をかけてもうまくいかない。糸通しは長年の経験と勘で、母の方が一瞬早かった。
「2枚の布の長辺と短辺を中合わせにして」と、母はさっさと縫い始めた。一方、久しぶりに針を手にした私は思うようにはかどらない。それでも段々お手玉らしくなってきた。
「最後の1辺は豆を入れてから閉じるので縫っちゃだめよ」
あらら、調子に乗ってもう少しで閉じてしまうところだった。裏返して緑豆を入れる。小豆よりもひとまわり小さい緑豆は、名前の通り暗緑色をしている。虫がつかないのでいいのだそうだ。
「ママは作り方を誰に習ったの?」と聞いたら、「おタマさんよ」という答えである。何だか話が出来過ぎているなあ、と私はつい笑ってしまった。聞けば、おタマさんは母が小学生の頃に住み込みで働いていたお手伝いさんだという。
 「一番はじめは一宮、二は日光の東照宮、三は・・・」と母がお手玉をしながら歌いだした。これもおタマさん仕込みの数え歌らしい。三は佐倉の惣五郎、四はまた信濃の善光寺、五つ出雲の大社、六つ村々鎮守さま、七つ成田の不動尊、八つ八幡の八幡宮、九つ高野の弘法さん、と続いて十は東京二重橋で終わる。
 それから母娘でお手玉遊びをした。両手で2個を扱うのは簡単で、母も私も二重橋へ楽々とゴールインしたが、片手で2個となるとそうは問屋が卸さない。私など、せいぜい信濃の善光寺止まりである。まして両手で3個ときたら、スタートするのも覚束ない。
「むかしは4個だって出来たのにねえ」と2人で顔を見合わせた。
「どっちが早く上手になるか競争ね」と言ったら、「壁に向かって練習するといいのよ」と、余裕のある返事である。

 母は今日もお手玉を手にしているだろうか。数え歌を歌いながら私は顔も知らないおタマさんを何だか身近に感じている。今度は母と綾取りやおはじき遊びもしてみたくなった。
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