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老親とともに 信子と啓子
粕汁のバラード(靖子)

 冬の冷気に身をすくめるようになると、待っていたように母が言う。「そろそろ粕汁の季節ね」冬野菜とだしが出る魚のアラを酒粕で煮込む粕汁は、残ったアルコール分も手伝って体が芯から温まる。まさに冬ならではの一品なのだ。
 「おばあちゃんもよく作ってくれたのよ」と母は母で遠い日を懐かしんでいる。冬になって祖父の故郷金沢から塩ぶりや塩なすなどが届くと、祖母は決まって粕汁を作ったそうだ。
 「なすの塩漬けを入れるなんて珍しいわねえ」と私は目を丸くする。
 「どんな味がしたのかなあ?」
 「塩辛いものはあらかじめ塩出しをしてから使うのよ」
 「おばあちゃんは東京育ちでしょう?誰に習ったの?」と聞いたら、「さあねえ、きっとお姑さんでしょう」と言う。
 ちなみに関西は塩ぶりでしょうゆ仕立て、関東は塩鮭でみそ仕立てとお国ぶりが分かれるらしい。母自身はその時々でぶりを選んだり鮭にしたり、そして塩分は身体によくないからと今は専ら生のものを使う。魚も父が好んだアラから切り身になって、私は内心ホッとしている。というのも、とろりとした白い汁の中から目玉のついたアラが現れるのはやはり不気味で、そんな時は大急ぎで父のお椀に放り込んだものだ。
 魚の食べ方は子供の頃に父から教わった。煮魚でも焼き魚でも父の手にかかると手際よく解体されて、骨から身がはらりと離れた。その箸さばきがいかにも見事で見ていて気持がよかった。「これが鯛の鯛だよ」と言って示された小さな骨は、本当に鯛の形をしていて、目とおぼしきところにはちゃんと穴が空いている。まるで透き通ったアクセサリーのように見えた。
 「明日のお昼はぶりの粕汁よ」と電話口で母が言う。「たくさん作るからお土産に持って帰りなさいね」
 翌日訪ねると九分通り出来上がった粕汁が大鍋いっぱいに用意されていた。あとは味付けを待つばかりである。
 「うわ〜、ママ、頑張ったのねえ」
 料理は何であれ、買い物から下ごしらえまでが一番手間がかかる。
 魚の切り身は脂ののった腹の部分を選んでさっとゆで、臭みをとり除いておく。大根、人参、長ネギと下ゆでしてぬめりをとった里芋、更に油抜きした厚揚げも加えてだし汁で軟らかくなるまで煮る。
 「魚は煮すぎると硬くなるから最後に入れるのよ」と母は言う。
 「さあ、味付けをしましょうね」
 ざっと割りほぐした酒粕に酒と煮汁をひたひたに加えて2〜3分電子レンジにかける。軟らかくなった酒粕と味噌をざるに入れ汁に溶きいれると、たち上る湯気と共にふくよかな甘い香りが部屋中にひろがった。
 「うわ〜、いい匂い。香りだけでも体が温まりそう」
 「味はどうかしら?もう少しお味噌を入れたほうがいい?」と母は毒味に余念がない。「ちょうどいいお味よ。とても美味しいわ」とOKを出して粕汁の出来上がり。
 「パパにもお供えしましょうね」
 大き目の朱塗りのお椀に盛って、仕上げには青ねぎの小口切りをたっぷり散らした。汁の中からちょこんと顔を覗かせた人参の紅にねぎの緑が色鮮やかに映えている。
 フー、フー、フーと熱い粕汁に息を吹きかけながら母娘で楽しむ冬の食卓。もうすぐ春がやってくる。
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