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老親とともに 信子と啓子
花ひらくとき(靖子)

 待ちわびた春はまた確定申告の季節でもある。煩雑で解りにくい申告書用紙が送られてくると、「あ〜あ、またか」と、気が重くなる。第一、あの「所得税の確定申告の手引き」と題したパンフレットだって、一度読んだ位では頭に入らない。二度読み、三度読んでも、本当に理解出来たのかどうか定かではない。
 かつてこの手の書類と金融に関することは父が管理していた。多分その頃の母は申告書や手引書に目を通すことさえなかっただろう。ところが1月半ばのこと、いつものように定時コールをしたら「書類が届いたわ〜」と、ウキウキした声が返ってきた。
「何の書類?」
「確定申告よ。貴女のところにも来たでしょう?」と言う。
「我が家にも届いたけれど、何がそんなに嬉しいの?」
「待っていたのよ。なんだかソワソワしちゃうわ」と、歌でも歌い出しそうな様子である。
「年金の源泉徴収票も株の配当金も、添付する証明書は全部まとめてあるし、計算も出来ているから後は記入するだけ。今度下書きを見てね」と頼まれた。
「それにしても、ママ、楽しそうね」と言ったら「パパがいた頃はチンプンカンプンだったのにねえ。自分で書くようになったら面白いのよ。私にも出来る、と思って自信がわいてきたわ」
 ああ、今のこんな母の姿を父に見せたいと思う。何ごとにも積極的に挑戦し、努力するのを信条にしていた父はきっと大喜びするはずだ。確定申告も父が亡くなって2、3年こそ私が下書きを書き、母が清書して提出していたが、やがて前年の「控え」を参考にして母が自分でトライし始めたのである。
「株はぜんぜん解らないから嫌い」と言う母に「勉強しないからだよ」と言っていた父は、自分名義のものの外に母名義の数社の株も保有していた。売買を目的にしない安定株ばかりで、今はすべて母の名義になっている。当然のことながら、株主総会の通知や配当金の計算書も母宛に来るようになった。すると不思議なことに関心がわいてくるものらしい。
「今期は配当がアップしたわ」と言ってみたり、「この会社はまた無配よ」と残念がってみたりと、以前とはセリフがガラリと変わってきた。面白いなあ、と思う。株にあれほど無関心だった母が曲がりなりにもいっぱしのことを言うようになったのだ。それも80歳代に入ってからなのだから、人間はいくつになっても何が出てくるかわからない、という気がしてくる。“もう年だから”などと、決めつけたり諦めたりしてはいけないのだ。あのキンさん、ギンさんだって100歳になってから花開いたではないか。それなりに健康で当人にやる気がありさえすれば、自分の中の未だ気づかなかった扉が開くことだってあり得るのだ。
「年を取って情けないこともたくさんあるけれど、自信がついたこともあるわ」と母が言う。そして私はそんな母の向こうに父の存在を感じている。
「今年も初日に書類を出しに行くわ」そう言う母の笑顔に父の笑顔が重なるようだ。パパ、本当によかったね。
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