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老親とともに 信子と啓子
もしもしあのね(靖子)

 母に会う日を除いて朝夕2回電話を入れる。声の調子で体調を探り、予定を聞いてからのおしゃべりが長い。
 しばらく前のこと、いつものように「ママ、おはよう」と呼びかけたら「オッハヨ〜、イイオテンキネェ〜」と頭のてっぺんから出るような何ともおかしな声が返ってきた。その上イントネーションまでが腹話術さながらに奇妙である。
「変な声出して、いったいどうしたのよ?」
「テレビでねぇ〜、裏声で話すといいって言ったのよ〜」と今度はオペラ調ときた。
「あ〜ら、そうなの〜」と、こちらもつられて裏声になる。よく観るテレビの番組で、高齢者が大声を出すためのトレーニングには裏声で話すのがよいと言ったとか。その後の会話は母娘してオール裏声。それにしても吃驚するじゃないのと、その日は1日中思い出し笑いをしたものだ。母には結構オチャメなところがあるし、ミーハー的でもある。視力の衰えとともに、以前のように活字を追えなくなった母のニュースソースは、目下のところテレビとラジオだ。面白いネタを仕入れると早速ご披露したくなるらしい。
 昨夏のアテネオリンピックの時も、感動のままを言葉にして、なかなか楽しいコメントをしていた。柔道の谷亮子選手が優勝して、金メダルを胸に場内を一周した時のこと。夫君で野球の日本代表チームの谷選手が上階のスタンドから身を乗り出して、「亮子、亮子、(怪我した)足は大丈夫か?」と涙ながらに呼びかけた場面では「すてきねぇ、ロマンチックねぇ、まるでロミオとジュリエットみたい」と感激しきりだった。確かに胸を打つ素晴らしい光景だったけれど、あそこであの有名なバルコニーのシーンを思い浮かべるなんて、“うわ〜、なんという連想力!”と正直なところ驚いた。
 時には禅問答まがいの問いかけをされることもある。こちらのネタはラジオの深夜放送で仕入れたらしい。
「大きなテーブルの上には美味しそうなご馳走がたくさん並んでいて、それぞれの席には長〜い箸が置いてあると思ってみて。『食べるには長すぎて口に入れられないし、短く持てば料理に届かない』と、地獄ではみんなが怒鳴ったり喧嘩したりしているのに、極楽では誰もが嬉しそうに食べているそうよ。なぜだかわかる?」
「さあ?」
「あのね、極楽では向かい合った人どうしが、お互いに食べさせあうからですって。」
「なるほどねぇ」といった調子である。
 なかでも母が最も関心を持つのはテレビの料理番組で、役立ちそうなレシピは今でもしっかりと書き取っている。「砂糖 大さじ 1」を「さ 大 1」と要点だけを書く手際のよさにはさすがに年期が入っている。こうして若い頃から書き留めた母の“マイ・クッキングノート“は優に十冊を超えているだろう。
「今日の料理は美味しそうだったわよ。簡単だからこれならあなたにも作れるわ。今度来た時に教えるわね」
 いつまで経っても料理大好き人間から程遠い私は母にとって恰好な生徒である。
 この頃では国会中継まで聞いているらしい。「首相の答弁は真剣みが感じられない」などと評論家めいた物言いをして私を苦笑させる。ともあれ、楽しげに話す母の元気さが嬉しい。
「誰もいない時は写真のパパに話しかけるのよ」
 かくして母のお喋りにはますます磨きがかかり、私は聞き上手になって、我が家の電話代は右肩上がりが続いている。
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