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老親とともに 信子と啓子
幾春かけて老いゆかん(靖子)

 桜前線が日本列島を染め上げていく季節になった。花の見ごろに合わせて思いのままに出かけられたのは昔のこと、今の母にとってはお花見もなかなか容易ではない。花の咲き具合とお天気、そして何よりも気分と体調がピタリと合わなければならない。車に乗ってひとまわり、という手もあるけれど、「そこまでして・・・」と母は言うのだ。
「この年になると、その日の調子はその日にならないとわからないのよ」と言う一方で、「谷中の花ふぶき、きれいだったわねえ。今でもまるで夢のようだわ」と、墓地に舞う桜を思い出すように目を閉じた。
 ちょうど二年前の春、劣化し始めた墓石の修復をすることになった。工事に先立ち、母と二人で洗米や塩を供えて形ばかりのお祭りをした。四月初めの穏やかに晴れた日で、墓所の上に伸びた桜の枝は満開の花をつけていた。谷中の霊園は桜の名所でもあって、季節が来ると大勢の花見客で賑わう。その日もカメラを手にした人をたくさん見かけた。お参りを済ませて顔を上げると、墓石の上にも、母の背にも、あたり一面に薄紅色の花びらが降り注いでいる。陽を受けて舞い散る花を見ているうちに、夢とも現ともしれない不思議な気持ちにとらわれていた。見ると、母もまた言葉もなく立ちつくしている。あの日のあの幻のような花ふぶきと、その中に立つ母の姿を私は決して忘れないだろう。ややあって、母がつぶやいた。「きっと、パパが喜んでいるのよ」
「昔はよくパパと一緒にお弁当を持って上野まで歩いたわ。根津神社へも行ったし、楽しかったわねえ」と、過ぎた日々を懐かしんでいる。下町育ちの父はあの界隈の地理に詳しかったから、道すがらあれこれ説明したことだろうと、私は桜並木を行く二人の姿を思い描いていた。
 天候の定まらない今年は、谷中を諦めて新井薬師へ出かけることにした。‘お薬師さん’は私の足で12、3分、母の足だとその倍位はかかるだろう。
「すぐ近くに美味しいケーキ屋さんが出来たそうよ。帰りに寄ってみましょうね」と言う声がウキウキしている。最近、ご近所の方が届けてくださったケーキがとても気に入ったようだ。早稲田通りから参道に入ると、両側の店はさすがに様変わりしている。
「ずいぶん変わったわねえ。あの旧い豆屋さんはどうしたかな?」
「お味噌屋さんはまだあのままかしら」
お喋りしながら歩くうちに山門が見えてきた。本堂前のソメイヨシノがちょうど満開である。お参りしてから裏手の公園へまわると、こちらではしだれ桜が風にゆれていた。公園の石段を下りると桜並木になっていて、その名も‘さくら通り’。ケーキ屋さんはその先にある。サングラスをかけた母が、淡いピンク色に染まった並木道をカートを押しながら歩いて行く。
  さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり
                      (馬場あき子)
 帰宅して、買い求めたケーキでアフタヌーン・ティーを楽しんだ。
「このフランボワーズ、ダークチェリーとカスタードクリームの甘さがちょうどいいわ」
「洋梨のタルトもパイがサクサクしていて美味しいわよ」と、今年のお花見は‘花よりケーキ’でめでたくフィナーレとなった。母、89歳の春である。
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