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老親とともに 信子と啓子
保護者会(啓子)

 母の担当のケアマネさんから、看護師、ヘルパー、デイサービスのスタッフのひととミーティングをしたいとの連絡があった。母が介護保険を受給するようになってそろそろ3年になるが初めてのことである。なんだか成績の悪い子どもの保護者会に行くような気分で、指定されたデイサービスの場所に赴く。夕陽がやたらに暑く感じる。
 部屋の飾り付けや平面的な明るさが保育園の教室を思い出させる。壁には散歩に行ったときの写真や習字や絵手紙などの作品が貼ってある。母のがあるかと探すが何もない。心が穏やかではない。うまい下手で区別しているようにも思われないけれど、おとなしい母は平等の待遇を受けているのかなあなどと疑ったりしてしまう。
 さて、ミーティング。みんなが母のファイルを片手に、食欲・排泄・服薬・精神状態(つまり呆けの進み具合)・清潔状態などを報告しあって共通の認識を持ち、今後のケアの方向を相談するいわゆるカンファレンスだ。言葉は丁寧だし、クライエントの尊厳を保とうと努力している姿勢は良くわかるのだが、内容が内容だし、さすが専門家の観察は鋭いから、聞いていて辛いものがある。子どもなら成長していく過程で解決できることがたくさんあるし、なんといったって未来に向いているから気持ちが晴れるが、高齢者の場合は現状維持が精一杯、せめて急激に坂をころがり墜ちないで緩やかに降りていく方法を考えるわけだから、展望が明るいはずがない。
 一生懸命打ち合わせをしているのを聞きながら、部屋を見回すとスタッフはみんなとても若い。それだけにきびきびしているのだか、母としてみれば孫より若い世代だ。なんとなく心許なく思うのも当然だし、ここはトイレと台所以外の余分のスペースがなくて一部屋だ。道路に面していて庭もない。ここで編み物や詩吟などスケジュール通りに体を動かしていくのはシンドイだろうなあとも思う。元来、他人のなかでにぎやかに過ごすことが苦手な母が行きたがらないのもわかるし、帰宅すると「疲れた疲れた」を連発するのも無理はない。
 でも一日中、ぼんやりとテレビを見て過ごし気ままに生活しているのは、本人には楽だろうが、あまりにも刺激がなくて物忘れがひどくなる一方であることも確かだ。だから、週1回くらいは外の空気に触れる時間が必要だと思うし、スタッフの意見も同様だった。
 やはり、これからも日曜日になると「明日老人ホームに行かなくちゃならないの?」(デイサービスなんていう言葉はとてもおぼえられないようだ)と何度も聞く母を励まし、着ていく洋服をセットし、連絡帳を書くしかないのだろう。行ってしまうと外面の良い母はニコニコして他人の喧嘩の仲裁などしているようだから、まあいいか。
 それにしても、編み物や刺繍など大の苦手、絵も工作も下手、歌も習字もからきしダメ、ボール遊びや折り紙など大嫌いな私自身の老後が憂鬱だ。母に不安を訴えたら「大丈夫よ。男の人もなんとかやっているから」という。ジェンダー視点から言えばヘンだが、編み物の時間など男の人はどうしているのだろう? 母に聞いても「私は男じゃないからわからない」と。
 自分の近い未来を思い合わせてすっかりへこんでしまったが、今日の会議の結論は、母は1月前に比べても確実に老いのコーナーをまた回ったということだ。
 「お散歩の途中で、もしものことがあることもありうるとおうちの方は覚悟して下さいね」。
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