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老親とともに 信子と啓子
バザーの工場(信子)

 母は、近頃いっそう耳が遠くなったように思う。私はつとめてはっきり大きな声で、と心がけているつもりだけれど。一度で振り向いてくれたためしがないというのも淋しい。
 そのためかどうか、何かに取り組みだすと夢中になり、一生懸命で励んでいる。今は皮蝋けつ染めの小物作りである。

 デイでの春の年中行事、ハンカチの木まつりが近い。母の通う施設には、大きなハンカチの木が二本あって、施設創立10年めに見事なハンカチの花を開いた。以来毎年美しい花を咲かせている。それで、春のお祭りは名づけてハンカチの木まつりとなった。
 春のお祭りには、秋の文化祭と違い、演奏家を招いてコンサートなどはない代わり、みんなの作品の展示のほかにバザーが予定されている。このバザーには、まったくの手作りの品々が並ぶ。利用者の作品に加えて、ボランティアの協力によるしゃれた小物もあり、ご近所にも評判になっている。母も昨年から出品するようになったのだ。

 母が皮蝋けつ染めを始めたのは、もう50年も前のことだろうか。
 普通の家庭の主婦たちが、仲間を集めては大学の先生を講師に招き、輪読をしたり時にはゆかりの土地をたずねたりと、今では自治体のコミュニティーセンターの企画するようなことを、細々と手探りで続けていた時代である。昔ながらの「お茶やお花や書道」でなくて、「思い切って蝋けつ染めをお稽古してみては」と言い出したのはHさん、母はまだ40代だったろう。講師の先生を含めて数人のグループで始まった集まりだが、やることは本格的で、原皮を買うことから、皮剥き、染料の調合、染め上げたものの仕立てまでもを自分たちでできるようになったのだ。さらに蝋を溶かすための小さなヒーター、型を付けたり、ラインを入れる道具や台、細かな金具を付けるための機械、大小さまざまの絵筆、型紙、図柄絵、まだまだある、シートに作業台にと。
 月に一度のお稽古は、Hさんのお宅だったのが都合が悪くなり、何時のほどからか我が家の古いお座敷になっていた。みんなで狭いお座敷にシートをいっぱいに拡げて、道具があちこちに並び、蝋のにおいが充満する。換気扇を回し続けても、蝋のにおいが消えず、さながら小さな工場のようだった。この工場から、大きなクッション、ハンドバック、草履、旅行かばん、札入れ、ドル入れ、めがねケース、印鑑入れ、ペンケースなどが誕生した。今では、Hさんも先生も故人となり、最盛期の面影はないが、母と二人の友人でやっぱり月に一度のお稽古がひっそりと続いている。

 母は、月に一度の静かになったお稽古日に加えて、バザーに出品する小物作りのためにお休みの日も工場を開けることにしたらしい。さすがに大きなものはないけれど、ドル入れ、印鑑入れ、めがねケースと、綺麗な作品が並んでいる。「ああ、これずっとやっててよかったわ」と言いながら、満足げの母。わたし、これからでも間に合うかしら。
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