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老親とともに 信子と啓子
ゆるやかに(靖子)

 今年に入って母の動作が目に見えてゆるやかになった。歩くのはもちろんのこと、立ち上がるのも座るのも、ドアを開け閉めするのにも、思いの外時間がかかる。時を同じくして血液検査でもヘモグロビン値が低下してきた。加齢による造血機能の衰えなのか、他に原因があるのか、目下鉄剤を服用しながら経過を観察中である。やはり90歳の坂はきついのだろうと、娘は娘で少しばかり心細い思いをしている。
「情けないわねえ、気持はあっても身体がついてこないのよ」と嘆きながらも、気力は今も衰えていない。「私がするから無理しないで」と言ったら、「仕事を残しておいてね。出来ることはやらないとダメになっちゃうわ」と母らしい答えが返ってきた。
 独り暮らしになった母を見てきて思うのは、自分のペースを守ることの大切さである。高齢になると、周りの者がせかせかするだけで気分が疲れるようだ。その空気を乱さないように、私も出来るだけテンポを合わせることにしている。母は未だに介護保険を利用していないけれど、時間に縛られるヘルパーさんなら、そんなことを言っていられないだろう。難しいなあと思う。
 そして5月、爽やかな朝だというのに、電話に出た母の様子がおかしい。「どうしたの?どこか具合でも悪いの?」と聞くと、「う〜ん、何と説明したらいいのかしら・・・」と声まで弱々しい。医者の問診を真似てあれこれ質問する。「熱はあるの?」「ないわ」「お腹が痛いの?」「痛くない」「頭痛?」「違うのよ」とお医者さんごっこをしているうちに、母の声がだんだん大きくなってきた。どうも右肩から腕、太ももからつま先まで、だるくて重くて力が入らない様子なのだ。「左はそれほどでもないの」と言う。そのくせ、「指は思いのままに動くし、膝も大丈夫。脳血管障害ではなさそうね」と自己診断しているのはさすがである。ベッドに横になっていれば楽だし、椅子に腰掛けているのもOKなのだそうだ。どうも事の起こりは長年使い慣れたショッピングカートの故障にあるらしい。杖をついての買い物に無理があった上、妹と一緒に買い求めた新しいカートにも不具合があって、腕や足腰に過重な負担が掛かったようである。翌日さっそく訪ねて触ってみると、太ももからふくらはぎ、足の甲からつま先に至るまでパンパンに張っているのがわかる。いつもは細い母の足首が半分もつかめない。
「これは辛いわねえ、可哀そうに」
「ひどいでしょう?このまま歩かないでいたら、足が萎えちゃうわねえ」と不安げな様子ながら、のっそり、のっそり、家の中は移動出来るのでひとまず安心した。
 湿布ペタペタ、お風呂でマッサージ、足を高くして寝るなど、手だてを尽くして2週間経った。筋肉の張りも取れて「薄紙を剥ぐように、少しずつ楽になってきたわ」と笑顔が戻ってきた。この間、調子が悪いとはいえ、私たちが買い置いた食材で工夫をこらし、調理の手抜きはしなかったようだ。「夕食はなあに?」と聞くと「残った野菜でカレー味のシチューを作ったわ」とか、「繊六本に切った大根とカイワレ、レンジでチンした桜えびをポン酢ドレッシングで」などと、レシピの紹介もしてくれる。「貧血が進まないように努力しているのよ」
 母の年齢になると想像以上の速さで筋力が衰える。以前のように外歩きが出来るまで回復するにはしばらく時間がかかるだろう。「急がずに、少しずつ足を慣らしていきましょうね」と慰めたら、「そうね、頑張るわ」といつもの口調になっている。その顔に「年を取るのは大変だねえ」とつぶやいた父の顔が重なる。「パパ、見守っていてね」と写真の父に手を振ったら、母も一緒に手を振った。
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