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老親とともに 信子と啓子
お薬事情(信子)

 昔は、といっても10年ぐらい前だって、お年寄りは誰も何かしら煎じ薬を飲んでいた。私の祖父母もゲンノショウコを毎食後かかさず飲んでいたし、父が亡くなるまでは父母たちも煎じ薬を欠かすことが無かった。ゲンノショウコ、ドクダミ、クコ、この三つが代表選手で庭のあちこちに自生しており、刈り取って干したものが大きな缶にしまわれていた。それに、総合ビタミン剤が食卓においてあり、父が亡くなる10年ほど前まではこのほかに薬を常用することはなかった。
 現在のように、山のようなお薬を毎週毎週もらうようになったのはいつごろのことだろうか。国民総医療費にしめる薬剤費は20%を超えるとかの問題も、果たして必要な薬なのかどうかも重要なテーマだけれど、母と私にとりさし当って最大の関心は、お薬管理の方法。私が少しずつ父母たちの日常生活にかかわり始めた頃、つまり私の定年退職ごろだろうか、老人健診が定着した頃だろうか。お医者さんに処方してもらう薬が見るたびに増えている。血圧降下剤、利尿剤、緩下剤、眠剤、消化剤といった具合に。症状が決して完全には治癒しないから、どうしてもまた「お薬をもらってこよう」となる。おまけに、ここも少しと次々新たな訴えが加わり、薬は一向に減ることなく増え続ける。
 この増え続ける薬の管理が一仕事なのだ。朝、昼、夜、就寝前、食前、食間、食後、何錠、何回と、特別の指示がなくてもこれだけの区分けは必要になる。
 父は、合理主義者にもかかわらず、お薬管理はきわめていい加減で自分が大切と思う薬以外およそ関心もなかった。そのため、眼科の薬の袋に大きく“目”とマジックでしるしをするぐらいのことしかせず、のみもらしは日常的だった。そんな父を見て母があれこれ試行錯誤の末到達した方法はこうだ。
 2週間分の薬を、朝、昼、夜の小袋に(さいわい眠剤と消化剤をのぞき食後であったため)ばらして入れたものを順に重ねておく。3日分ぐらいを一度に用意しておくので、母は3日に一度のこの作業で自分の薬の名前や種類なども自然に覚えたようだ。小袋の重ね方を間違えても「これ夜のお薬だわ」と気づいているし、「あ、お昼飲むの忘れた」と確認もできている。さらに眠剤と早朝飲む消化剤、外用薬(テープ、塗り薬)、舌下錠などは寝室にという具合に、何とか、自主管理ができるようになった。
 ちなみに、私はといえば5種類の薬をすべて小瓶に一緒に入れ、その都度必要なものを選んで服用している。今のところたかだか5種類だからということだけれど、母の年齢になったときはどうだろうか。とにかくこのお薬事情は異常だ。
 やはり、はじめのテーマにもどらねばならない。薬は毒と考えて洗い直しをしてみる必要がある。薬がもう少し、いや現在の半分ぐらいになっても、今程度にしあわせでいられそうに思うけれど。(参考までに母の薬  アリセプト、ゼフロプト、チラージン、ツムラ麻子仁丸エキス顆粒、デパス、バイアスピリン、リポブロック、ニトログリセリン 外用薬は フレストルテープ、モビラート軟膏)
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