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老親とともに 信子と啓子
春のご膳(靖子)

 五月に入り若葉の色が深まる頃になると、そら豆が出回り始める。どこか初夏の気配を感じさせる豆だ。ピンと張った厚いサヤを割ると、白い綿毛に包まれて豆が並んでいる。下ぶくれの面白い形をしていて、甘く煮た大粒のものを‘おたふく豆’と言うのも頷ける。今はまだ若いのでお歯黒も十分に色づいていない。塩茹でにはまだ早そうである。
 「この間、テレビの料理番組で観た‘そら豆ご飯’がとても美味しそうだったの。今度ぜひ作ってみるわね」と母が言う。料理好きの母は、目新しくて手軽に出来そうなレシピに出会うと、必ず書き留めている。そうして貯まったノートがいったい何冊になったのか、多分母自身にもわからないだろう。
「良さそうなのは、どうしても試してみたくなるのよ」と、さっそく実行に移すところは我が母ながら感心する。
 先日、私が行く日に合わせて‘そら豆ご飯’を作ることにしたようだ。下準備は全部母が済ませていた。茹でて皮を剥いたそら豆、鶏肉ささ身の細切れ、生姜と人参はそれぞれみじん切りにしてある。長時間立ち続けるのが辛くなっている母にとって、これだけ準備するのも容易ではなかったはずだ。右手の親指も曲がってきて、包丁を握ると痛いと言っていたのを思い出す。電気釜には隠し味に酒と醤油を加えた米が仕掛けてあった。何事も手順よく進めるのが母流である。ご飯が炊き上がる頃を見計らって、鶏肉と生姜、人参をオリーブオイルで炒め、最後にそら豆を入れて軽く混ぜる。それを蒸らしたご飯と合わせると出来上がりである。
「人参のみじん切りを入れたのは私のアレンジよ。色がきれいでしょう?」
 なるほど、人参のほのかなオレンジにそら豆の翡翠色が映えて、いかにも春らしい。
「うわ〜、美味しそう!そら豆の春ご膳ね」
 生姜の香りが食欲をそそる。お吸い物は豆腐のすまし汁にして、庭の木の芽を浮かべた。「山椒の葉は手のひらでパチンと叩くのよ」と母が言う。香りが増すのだそうだ。二人で仲良くパチン、パチン! 春の香りが漂う。母手作りの‘かぶと生姜の甘酢漬け’も小鉢に盛り付けた。
「そら豆だけの炊き込みご飯よりもコクがあるわね。若い人向きかしら?」
「ちょっと洋風に、サラダをたっぷり添えるのもいいと思うわ」
 お喋りしながら母娘でゆっくりと春のランチを楽しんだ。
 「ママ、そら豆のサヤは真直ぐ空に向かってつくんですって。だから空豆」とうんちくを傾けたら「じゃあ『ジャックと豆の木』の豆はどんな豆なの?」と聞かれた。ああ、やられちゃった!と思わず笑ってしまう。
 「たくさん炊いたから夕食に持って帰りなさい」と、これは家で待つ夫への心遣いである。前もって用意してあったカレイの煮付けも一緒に持たせてくれた。
「この歳になって、ママのお料理が食べられるなんて、本当に幸せ! 普通は逆なのにねえ」と言ったら、「いつも迷惑をかけているから、せめてもの感謝の気持ちよ」ときた。やっぱり母の方が役者が一枚上手である。
 宿題は‘ジャックと豆の木’。帰ったらさっそく調べなくちゃ。
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