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老親とともに 信子と啓子
スランプ(信子)

 母は、いわゆるデイサービス(通所サービス)を週三回利用している。そこでの行動は次のようなことになっている。
 お迎えのバスで施設に到着すると、自分たちそれぞれのロッカーに持ち物を片付けて、まず看護師のバイタルチェックを受ける。そしてお互いに挨拶を交わしながら、仲良しが手招きしあってホールのテーブルにつく。お茶をいただきながら、職員からその日のお話をきき(今日は何の日?とかやっているらしい)、軽い健康体操をして、懐かしい歌や、ときには新しい歌も歌い、午前中のメニューは終わる。
 食事を挟んで午後のプログラムは、それぞれの希望でグループにわかれ講師の先生やボランティアの指導で趣味の集い。
 母は二箇所の施設に通っていて、一箇所では書道を、もう一箇所ではコーラスと読みあわせという集いに参加している。書道のほうはかなり成果が上がり、作品を表装などして仕上げている上、母の日日の励みともなっている。しかしコーラスのほうは、始めたころはいろんな楽譜を探してはみんなで歌うように働きかけ、大変積極的であったのに、最近お休みがち。
 デイに通いだして三年目、母自身の努力が実を結んだ書道は本当にラッキーだった。しかし、もう一箇所の場合環境変化が大きく、母は心を痛めることが多く帰宅するとべったり座り込んで「今日はねえ」と報告が始まる。もう今年に入って三人が急死されている。いずれも母と同年輩で、特に信頼しよくおしゃべりもしていたお友達だった。去年は、夏休みに郷里に帰ったままお休みが続き、そのうち亡くなったという人も。高齢者ばかりの集まりだからやむをえない事とはいえ、顔ぶれの移り変わりが余りに切ない。
 さらに、つらいことには昨日まで普通におしゃべりができたのに「Tさん、あんなことなかったのに何度も同じ事ばかりしゃべってつまらないの」「私だってそんなになっていくのねえ」。半月ばかり母は「私もなんだか変よ」と沈み込んでいた。
 通所施設の職員は、お年寄りの孤独からの解放のためにあれこれいろんな企画を考えて日夜努力をしている。母たちから見れば孫たちのような若い職員の姿に「一生懸命やってくれるのよ」と、利用者の大方は喜んでいる事も間違いない。
 母はしばらくお休みをして久しぶりに出席をした。そのためか元気に帰宅して「ああ楽しかった、ふっ切れたのよ。ほら、あれ、何だっけ?スランプ、スランプだったのね。」本当に元気そうだった。母は、生来楽天的な人ではある。しかし、本当にそうなのだろうか。
 私のスランプは終わっていない。
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