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老親とともに 信子と啓子
[お断り]
 啓子の母親は、2度目の奇跡は起こすことができなくて、2004年6月に亡くなった。ここに何本か彼女が招いた1度目の奇跡について書いたエッセイが残っているし、信子の母はまだまだ元気で生活を楽しんでいるので、今しばらくこの連載を続けたいと思う。

生きていくことの困難(啓子)

 母が元気でいないと軽く明るく書くのは難しいとせっせと書きためていたのだが、母の不調のテンポのほうが早くて、とうとう入院してしまった。
 2か月も咳が続くのはおかしいと嫌がる母を大きな病院に連れて行ったときは、まだ母は医者のまえではしゃんとしていて咳をがまんしていられるくらいの集中力があった。医者に「どこが具合悪いのですか?」と聞かれて「どこもなんともありません」と答えたものだから、医者に「なんでつれてきたの? まあせっかくきたんだからレントゲンでも取っていきなさい」といわれたが、レントゲン写真を見た医者は「即刻入院」を告げた。それから血液・タン・心臓などの検査があり、病室に落ち着いたのは数時間後だった。疲労の色を濃くしていた母は「なんで入院しなきゃならないの。なんにも検査しないで」とさっきまでの検査も忘れて不平を言いつつ、どっとベッドに倒れこんだ。
 病院が病人を作るという言葉を思い出したくらいに、それからの母は坂道を一気に下った。酸素吸入に点滴をしても食欲は一向に回復せず咳も収まらない。発熱も伴った。
 ある日、見舞いに行ったら酸素マスクがない。そんなに良くなったのかと喜んだが枕もとの酸素のビンはぼこぼこ音を立てている。見回すと床の上でシューシューと酸素が管から出ている!
 「酸素マスクはずしちゃだめじゃないの」
 「エー? 私、酸素マスクなんてしたことないわよ」との返事に愕然。
 スパゲティ症候群になっているから、トイレに立つと管がもつれあって、鎖でつながれた犬状態で身動きできなくなり危険このうえない。
 「トイレにいくときはナースコールで看護師さんをよぶのよ」と言うと「はい、わかった」というのだが、数分後「トイレにはどうやっていくの?」ときくと「スリッパを履いていくのよ」と言う。そりゃそうなんだが。
 出産以外に入院したことのない母に、まったく新しい経験であるナースコールを理解させるのは困難だった。命の綱ともいえるナースコールを使えない病人には別のモニターの方法があるのだろう。だが、それほど重症でもないけれど、新しいことを覚えられない高齢者にはどういう対応があるのだろうか。
 咳をしながら「私どこが悪いの? どこもなんともないのにどうしてこんなところにいるの」と言う母をなだめながら、生き続けることの困難さにため息が出る。
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