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老親とともに 信子と啓子
消えるが勝ちよ(靖子)

 いつものように鍵を開けて門を入ると、アプローチから庭へ続く辺りで母がしゃがみこんでいる。花バサミを手にして、何やら苦心惨憺している様子だ。その背中がまた一段と小さくなったような気がする。
「ママ、こんにちは。何をしているの?」
「あら、おはよう。ちょっと見てよ。また猫のウンチ、ひどいでしょう?憎たらしいったらありゃしない」と憤懣やるかたない表情である。
「うわ〜、やられたわねえ」と私も思わず顔をしかめた。それもその筈、青々と伸びたリュウノヒゲにべったりと置き土産があった。
「どうしようもなくて根元から切っているの。後は水で洗い流すしかないわ」
母に代わって後始末をしながら、庭の維持も大変だなあ、と改めて思う。植木の手入れや雑草取り、掃除に加えて、猫対策まである。これがまたなかなかの難問なのだ。白や黒、そして三毛猫と、出没する猫は時とともに替わって、今は真っ白いのと白黒のブチが常連である。
「いつも一緒にいるからきっと夫婦よ。二匹とも丸々と太っていてちっとも可愛くないの。あんなに栄養がいいのは餌をやる人がいるからよ」とプリプリしている。
 実家の庭はそれほど広くはないものの、灯篭あり、庭石あり、つくばいもある純日本風の造りになっていて、飛び石の周りには母が丹精した苔がびっしりと生えている。「ちょっとした苔庭ね」と冗談を言うほどである。日当たりのいい縁の下や濡れ縁は、猫たちにとって恰好な昼寝の場所だ。その上、軟らかい土があってトイレにも事欠かない。私たち姉妹が育つ頃は、庭に野良猫など来なかったから、私は風通しのよい濡れ縁で本を読むのが好きだった。今では縁の下といわず、濡れ縁といわず、猫が悪戯しそうなところには水入りのペットボトルが置いてあって、風情は二の次、三の次になってしまった。
「猫に文句を言っても仕方がないから、自衛するしかないのよ」と母は嘆く。
 母のひみつ兵器は、ゴリラの顔がついた水鉄砲である。まだ元気だった頃に父が買ってきたもので、‘猫おどし’と名づけて愛用していた。プラスチック製で、ゴリラの頭部を押すとかなり遠くまで水が飛ぶ。いつだったか、母が笑いをかみ殺しながら武勇伝を聞かせてくれた。あれはきっと猫たちの恋の季節だったのだろう。屋根の上で“おわあ、おぎやあ”とあまりうるさいので、そ〜っと近づいて狙い撃ちにしたそうだ。
「びっくり仰天して、屋根からずるずると滑り落ちそうになりながら逃げて行ったわ。もう、可笑しくて、可笑しくて」と、至極ご満悦の様子である。
「時々、柿の木や月桂樹に登っているのよ。睨んだくらいじゃ逃げもしないわ」
私はデブの猫が木の上から母とにらめっこをしている光景を想像して、「不思議の国のアリス」に登場するチェシャー・キャットのにやにや笑いを思い出した。“猫のないにやにや笑いだなんて!私が生まれてから見た一番おかしなものよ”と、これはアリスのセリフである。
「何が面白くて木登りなんかするのかしら?」と言ったのは母。
「この頃、カラスや犬の糞はあまり見かけなくなったわ。あとは猫よ!」と、水鉄砲を用意して密かに闘志を燃やしている。

 デブの野良猫コンビちゃん、やられる前に消えるが勝ちよ。
チェシャー・キャットのように!
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