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老親とともに 信子と啓子
選 挙(信子)

 母は、93歳になるが、今回の都議選まで、一度も棄権をしたことが無い。
 父がまだ元気なころ、何を思ったのか「今度は棄権するかな」といって父だけは出かけなかったことがあったけれど、そのときも母は投票所に足を運んだ。
 父が亡くなってからは、私と連れ立っていくようになった。ゆっくり歩きながら昔の選挙の話などをして、母は一寸得意になったりして嬉しそうだった。川崎なつさんや市川房枝さんの名前が出てきて、私も嬉しい。
 母は、今で言ういわゆる極道の家に育ち、父と結婚するまではおよそ政治には無関心だったに違いない。父との生活の中で次第にさまざまな社会事象に関心と興味を抱くようになり、子育ての手が離れるようになってからは、趣味のお稽古だけでなく地域活動や学習会などに活動を広げるようにもなった。そして、遂には学生自治会での私の活動の心強い後方支援までかってでてくれていた。原水爆禁止運動、母親運動、基地反対闘争......と、もう50年も前のことなのに、ありありと思い出す。”ああ許すまじ原爆を...”といっしょに歌ったり、母親大会に出席したり(私のアジ演説を聞いてくれたかどうか分からないけれど)、集会に出かける私におにぎりを用意してくれたり、と。
 それももう半世紀も前のこと、世の中が平和になったのではないが反対の意思表示をする若者たちの姿を見ることは珍しくなった。かつて母のおにぎりや朝ごはんを食べた若者も、いまでは立派なおじいさんおばあさんになって静かに暮らしているだろう。
 歩きながら母も同じようなことを考えていたのだろうか、「H君どうしてるだろうね」と激しい闘争の時代何度も逮捕され一時行方不明になっていた友人のことを気遣った。「元気にしてるよ」といいつつ私は一寸胸が熱くなった。母はあの時代を忘れないでいてくれる。

 母はもう歩いて投票所まで行くのは無理になった。私が車椅子を押していく。そして歩きながらつまり母の頭越しに「今日の選挙はね。○○選。立候補してるのはだれそれでね...」などと簡単な説明をする事にしている。会場では係員の手を借りて場内まで運び上げてもらう。一寸晴れがましいけれど、母は「公民権を行使してます」とばかり自信に満ちた顔をしていて、私は照れる。
 「どうもありがとう」と母は真面目な顔だ。
 「どういたしまして。いつまでも協力しますよ。」
 おかげさまで、何とか無事に無棄権記録を更新できた。
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