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老親とともに 信子と啓子
老い支度、死に支度(信子)

 月に一度、福祉公社のスタッフ(ケースワーカー、ケアマネージャーと看護師)が母を訪問してくれる。健康チェックをした上、いろんな注意をしてもらう。こちらの質問や介護サービスの利用などについても気持ちよく相談ができる。ついでのことに家族の健康のことや、医者には少々聞きにくい事なども気軽に話せて助かっているし、彼、彼女たちもお喋りをしながら、母の状態をしっかりみていてくれるのもありがたい。
 母は母で、なかなかサービス精神旺盛で、もう80年も昔の女学校の修学旅行の話や、女学校の制服や下着の話まで、こまかに説明をしている。時に、私も聞いたことのない話もあり、一緒に聞き入っている。
 先月の訪問日の話。
 昔の嫁姑の話をさんざんにした挙句、「とても感心したことがあるのよ」と話し出したエピソードである。
 母の姑、つまり私の祖母は、往年の日赤看護婦で、正義感溢れる熱血青年僧侶(後に夫となる人、つまり私の祖父)とともに、身寄りのない子供たちを引き取って世話をし、遂には孤児院を作ってしまったという大変立派な女性。何事にも厳しい人で、さぞや母には怖いお姑さんだったに違いない。孤児院の仕事も軌道に乗り、県下でも有数の社会福祉法人として、学園の名前が広く知られるようになった頃、大勢の子供たちに“お母さん”と呼ばれ、中には成人して社会人となり、結婚し家庭を持つ青年たちもいたのを、私もぼんやり記憶している。
 その祖母が、庭の隅にある蔵に母をいざなったのは、夏休みに私たち家族が揃って里帰りをしたときのこと。
 ひんやりした蔵の片隅に置かれた柳行李を引きずり寄せて、祖母は静かにふたを開けて、母に示した。
 大きないくつもの柳行李には、着古した、何枚もの寝巻きや浴衣や下着がきちんとおさめられている。その柳行李を前にして「私たちの最期の時には、これを使って頂戴。お願いします」と母に頭を下げたというのだ。蔵は、お小言をいわれたり、子供たちが折檻されたりしたところ。何事かとおそるおそるついて来た母には、余りにも突然の事であった。少しずつ落ち着いて、「ああ、なるほどなあ。長年病人を診、人の最期を看てきた人の知恵」「そして、私に頭を下げるなんて...」と感心しきりだったのである。

 母は、「結局、舅も姑もこの柳行李は使わずに逝ってしまったのよ。でもね、私はこの教えがお父さんの時には役立ったのよ、看護師さんにも感心されたわ。死に支度よね。」
 母はダンボール箱に、着古した浴衣を詰め、「最期の寝巻きとぼろ」と表書きをしている。
 死に支度か、私もせめて老い支度をしなければならない。
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