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老親とともに 信子と啓子
女三代(信子)

 母と私は24歳ちがいの同じ干支である。私の姉の長女が、私と24歳ちがい、「女ねずみ三代ね」と当時母は初孫の誕生を喜んでいたのを思い出す。
 女三代というと、何かゆったりと大切なものを伝えていく流れも感ずる。たしかに生活文化やさまざまの生きる知恵が、女、母親によって引き継がれ、伝え続けられている。時の流れにさらされてあるいは形を変え、あるいは姿を消すこともあろうが、また新しい要素も付け加えられて受け継がれていく。そこに厳然として女・母親のいることが、何とも頼もしい。
 ところが、どうやらこの仕組みが崩れてきているように思える。
 衣、食、住の万般にわたる変容は、あまりにも大きく、その上二世代の同居まして三世代の同居は珍しいのが実情だから、生活文化の継受の道がきわめて心細いのだ。
 我が家では、夏がくると正確には梅雨が明けると、和室の建具を立て替える。障子から葦戸に、そして畳には藤筵を敷く。装いがあらたまり昨日までの梅雨空が消え、わくわくしてくるのだから不思議だ。そして藤筵のひんやりとした感触が何とも言えず心地よく、ついごろごろしてしまう。
 かろうじて母から私が引き継いだ「我が家の夏」といえるだろうか。
 しかし他に何があるのだろう。正月料理、お祭りのご馳走、漬物いろいろと数え上げては見るが、母からの伝授を受けた覚えもない。私も自覚もなければ、努力もせずに今日に至っているのだ。
 先日のこと、「昆布豆を煮たいわ。最近すっかり歯がだめになったからうんと軟らかく煮て食べたいの」と突然母が言い出した。父ももちろん祖父母たちも煮豆が大好きで、大きな丸いテーブルの真ん中に、これまた大きな古代模様のどんぶりに煮豆がたっぷりと盛られていたのを思い出す。いつもそうだった。私たちだけの暮らしになってもそうだった。
 「お昆布を小さく四角にはさみで切るの、大変だったわよねえ」
 「そうそう、指が赤く腫れちゃったよね」
 しかし、どうやらこの生活文化の継受の道を危うくしているのは、私のようだ。そこへ娘が割り込んできた。
 「でもね、おばあちゃんのお豆軟らかすぎて私にはだめ。歯ごたえがないのよ」と三代目は手厳しい。
 「まあ若い人にはそうやねえ。でも美味しいよ。体にもいいし」と母は少々淋しそうだ。
 食べ物の趣向はきわめて個性的で強制はできない。しかしこれだけはやっぱり「家の味」というのがあるようにも思える。食べ物だけではない、これはぜひ子供たちに憶えておいてほしい我が家の取っておきの何か、ぜひ聞いておきたいあの得意技があるはずだ。
 考えてみれば母の元気な間に教わることがまだまだありそう。たとえば「お豆さん」の煮方だって。そう思いつつ、娘の責任を痛感している。
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