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老親とともに 信子と啓子
ドクターズ ペット(靖子)

 母が現在のクリニックへ通い始めたのは昨年の春のこと。それまで50年近くかかっていた病院がとうとう閉院になった時は、母娘で途方にくれた。もともと母は身体があまり丈夫ではない。若い頃から腸に疾患があり、これまで一病息災を保ってこられたのが不思議なくらいである。まして高齢になった今では、重度の骨粗しょう症、血圧の不安定、自律神経の乱れなどもあって不安の種はつきない。その後の母のクオリティ・オブ・ライフは信頼できる医師に出会えるかどうかに拠ると思われた。
 紹介状をもらって訪ねたクリニックは電車で1駅のところにあって、診療科目は内科、脳神経外科、整形外科、外科と記されていた。ビルの1階にある待合室は明るく、開放感があり、コーナーにはポットと使い捨てのコップが置いてある。いつでも自由に水とお茶が飲めるようになっているのだ。母と2人、「へぇ〜、こんなの初めてね」と感心した。
 母からすれば孫世代と思われる医師は母の話を丁寧に聞き、私の質問にもきちんと答えてくれた。「ああ、よかった」とまずはホッとした。というのも、母は人の言葉に過敏なところがあって、ちょっとした一言でもストレスになってしまうからだ。まして相手がお医者様の場合は尚更である。ぶっきら棒でビジネスライクな応対だったら、もうそれだけでアウトだと私は心中密かに心配していた。でもそれは杞憂だった。女性の看護師も数人いてみんな笑顔を絶やさない。待合室で患者に話しかける時は床に膝をつき、相手の目線に合わせているのにも心がなごんだ。注射器の扱いも上手らしく、採血を済ませた母が顔をほころばせて言った。「今日は針が一発で入ったわ」
 たいていは母が1人で診察室に入るけれど、必要に応じて私も同席させてもらう。そんな時の先生と母のやりとりが面白い。
「血圧の調子はいいですね。安定していますよ。便通はどうですか?」
「はい、お蔭さまで順調です。もう20年以上も自家製のヨーグルトを食べているので、それがいいのかしら?」
「乳酸菌は腸を整えるからぜひ続けてください。それにしても、手作りで20年とはすごいですね」
 また別の日の会話はこんな風だった。
「先生、起きている時はポコンとお腹が硬くなるのに、お風呂の中だとペチョペチョにへこむのはなぜでしょうか?」
「起きている時に筋肉が硬くなるのは体を支えるためで、入浴したり横になったりすると緊張が緩んでペチョ・・・」、と、そこで先生は笑い出してしまわれた。どうも“ペチョペチョ”は伝染するらしい。
 先日、1人で診察室に入った母がにこにこ顔で戻ってきた。何かいいことがあったに違いない。二週間分の薬をもらって外へ出たとたんに「うふふ」と思い出し笑いを始めた。
「変なママ、何がおかしいの?」
「先生が私の腕に触って『これだけ瑞々しければ大丈夫』っておっしゃったの」と、自分の腕に見入っている。
「どれどれ?」と私も触ってみたら、細くてしわしわな上にプヨプヨと頼りなかった。
 母にとって先生の笑顔と温かいコミュニケーションはまさに特効薬のようである。
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