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老親とともに 信子と啓子
八百万の神(靖子)

 91歳6ヶ月になる母は未だに現役の主婦である。朝はとりわけ忙しい。木製の雨戸を何枚も開け、身支度を整えるだけでも一仕事になった。ゴミの収集日などは更に大変である。それなのに朝風が快い季節になると「早起きして庭の草取りをしたのよ。気持がよかったわ」といかにも満足そうに話すこともある。
 そうかと思えば「今日はもたもたして、いま<神さまをした>ところ。これから朝ごはん」などと言う。<神さまをした>と言っても母が神さまの真似をするわけではない。祖母から引き継いだ慣わしで、ご神前に洗米と塩、それに水を供えることである。父が亡くなってからは、ベッドルームにある父の写真の前にもグラスにたっぷりの水を捧げて「パパ、たくさん飲んで」と言うのも加わった。真夏になるとご丁寧にアイスキューブまで浮かべている。朝食がどんなに遅くなっても決して<神さま>を後回しにはしない。
 ご神前でパンパンと柏手を打ち、「パパ、おばあちゃん、みなさん、おはようございます。今日も一日お守りください」と言って、最後にカチカチと火打石を二度打ち鳴らす。私も幼いころ、上手く火花が散ると、その日は何かいい事がありそうで気持が浮き立ったものだ。その火打石も今では小さく丸くなって、あの頃の半分位になってしまった。それでも母は使い続けている。
 本物の神さまの外にも母には八百万の神さまがおいでになるようだ。‘井戸の神さま’や‘流しの神さま’、おまけに‘トイレの神さま’まで、まるで神さまのオンパレードである。と言って、母が信心深いわけでも特定の宗教に帰依しているわけでもない。いわば母だけの、‘母印’の神さまである。
 庭の片隅に手押しポンプの井戸がある。私たち一家が引っ越して来た当時は、飲み水としても太鼓判を押されるくらい水質がよくて、口に含むと甘やかな味がした。大型の冷蔵庫などなかった頃、西瓜を冷やすのは専ら井戸水だった。大きなたらいに西瓜を入れて、ギッコン、ギッコン、「早く冷えないかなあ」と妹と交代でポンプを動かした。夏の夕方にはバケツに何杯も水を汲んで庭に打ち水をした。その水に夕日が当たって、ほんの一瞬、キラキラと虹色に輝くこともあった。記憶の中には一緒に水撒きをする父の姿も登場する。冬になると母は井戸端で大樽いっぱいの白菜を漬けた。白菜を洗う母の手がみるみる赤くなっていくのは痛々しかったけれど、あの味は今も忘れられない。「美味しかったわねえ」と当の本人が言うほど、自慢の漬物だった。
 「汚くしていると井戸の神さまに申し訳ないから」と、つい最近まで母はお浄めの塩を撒き、コンクリートの洗い場をタワシでごしごしと磨いていた。「今はもうポンプが重過ぎて動かせないの」と母が言う。災害時の給水源として区役所に登録してある井戸を涸らしてはいけないと、娘たちは行く度にポンプを動かして水を汲み上げている。
 ギッコン、ギッコン、ポンプを動かしていると、遠い日の思い出が甦ってくる。水に浮かんだ西瓜や桃、トマトやキュウリ、色鮮やかな夏の井戸端。そして、汲み置いた水に氷が張っていた冬の井戸端。何もかもが懐かしく、気持が和んでくる。やっぱり母の言うとおり、‘井戸の神さま’はおいでになるらしい。
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