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老親とともに 信子と啓子
記憶を継ごう(信子)

 父が亡くなって一年、半世紀暮らした働き者の大きな家を解体する決心をし、母と私たち家族との住まいを新しく建てることに踏み切った。
 そこでは、二つの問題があった。一つは古い家の処分にかかわるさまざまな問題、もう一つは高齢の母にとって大きな環境変化は避けねばならないといったこと。私は後者の問題を特に重要視して、今回の建築の考え方をイメージした。
 母はこの古い家に半世紀を暮らし、夫を見送った。そこで過ごした日々のさまざまの記憶をどんな形でか、残すことはできないだろうか。家の姿かたち、庭のたたずまい、四季ごとの庭木の花たちの配置。大雑把な間取りの基本線、いつも身近にあった調度、建具、照明器具なども。そっくりそのまま古いものを残すのではない。新しい家は、当然ながらバリアフリーであり、仕切りの少ない広いスペース、使いやすい安全なキッチン、広い浴室と高齢者家族に欠かせないものがベースになる。
 これらの諸要求を「住みよい家」に盛り込んでいく仕事は、なかなかに楽しくかつ苦しいことではあった。しかし、私たちと工務店のSさんとの気持ちも見事なばかりに一つになれて、建築物の構造上の問題とのすり合わせも上出来、さながら手作りの家となった。
 明るい吹き抜けの玄関ホールには、最後に父が母にプレゼントしたホームエレベーターをそのまま設置、ゆっくり上がれる階段で二階へ。そこには三つの寝室(これは、父との約束だった)が並ぶ。一階の座敷の建具は父と母が好んで使っていた季節ごとの差し替え可能な障子と葦戸をおさめ、座敷の中央に故鈴木茂三郎氏考案の掘り炬燵をきれいに化粧直してセット、座敷の廊下には、私どもが古い家で使っていたペンダントの行灯を照明に使った。食堂の食器戸棚は母が長年愛用していたものに同じ材料で作りつけの収納棚を組合わせてはめ込んだ(この食器戸棚プラスアルファは、もともと大きな一つの調度と見まがうばかりの出来ばえで、母は、訪ねてこられた方たちに懸命に経緯を説明していた)。
 そして、母が自分で考案して大工さんに作ってもらった愛用のキッチンカウンター、時にたくさん花が盛られ、時に手作りジャムのビンが並んでいたが、新しい食品庫にきちっと納まり主役を演じている。古い吊り戸棚は、母が大切にしてきた塗り物や客用の食器の収納に。既存の比較的小さな調度、たとえばテーブルセットなどはそれぞれの広くなった寝室に納めることができた。
 道路からオープンなガレージ、玄関口に不審者は立ちにくい。玄関を入るとさわやかな木の香りに包まれて、ほぼ昔の家と同じようにリビングと座敷、キッチンが続く。リビングから眺める庭には、建築中一時植木屋さんに預けられていた大きな植木も戻って、そ知らぬ顔で立っている。
 古い家は戦後まもなく建てられたもので、材料も貧しく改築でしのげるものではなかった。しかしそこに刻まれた人間たちの呼吸や歴史を大切にしたい、そこに残された工夫や知恵を継承したいと思った。そして、高齢の母にとって環境変化を最小限にできることでもある、とも。母がいたらばこそ可能となった「記憶を継ぐ家」である。
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