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老親とともに 信子と啓子
アンチエイジング(靖子)

 「情けないわねえ」ポツリと母がつぶやく。「何が?」と聞くまでもなく、次の言葉を待つまでもなく、母の言わんとすることは痛いほどよくわかる。片付けたい仕事がたくさんあるのに、今や自分の力ではどうにも出来ないのが口惜しいのだ。
「1年前はこんなじゃなかったのに・・・やりたい気持ちはあっても体がいうことを利かないのよ」
「でもママは人一倍頑張っているじゃない。いまだに現役の主婦だなんて、それだけでも見事だと思うわ。若い時と同じように動けたらそれこそオバケよ」
「そうよねえ、何といってもこの年ですもの。いい方よね」
「そうよ、その通りよ」と話の落ち着く先は決まっている。
 父は6年ほど前に亡くなったが、闘病に明け暮れた最後の3年間は食事の時や来客の時を除いて、ほとんどの時をベッドのある自室で過ごした。
 めったに弱音を吐かない父だったが、入浴介助をした時などふともらした言葉が忘れられない。
「年を取るのは大変だねえ」
 ついこの間まで難なくこなせた事が次第に出来なくなるのはどんな気持ちだろう?重い物が持てない、高いところに手が届かない、速く歩くなんてもっての外、杖がなければ体の安定もおぼつかない。何をするのにも時間がかかる、と数え上げればきりがなく、気持ちはどんどん沈みこむ。老いの不安に駆られた時、父はいつもサミュエル・ウルマンの詩「青春」を口にした。
   青春とは
   人生の或る期間を言うのではなく
   心の様相を言うのだ
     ・・・
   年を重ねただけで人は老いない
   理想を失う時に初めて老いがくる
 父はくり返しこの詩について語り、娘たちのために「いつか額装しなさい」と書にして残してくれた。
 一方、母の流儀はもっと具体的、身体的である。早起きして庭の草取りをしたり、引き出しの整理や冷蔵庫の残り物の点検などに精を出す。親戚中を見回しても、88歳を越えて1人暮らしをしているのは母だけである。その上、介護保険の認定すら申請していないと聞くと、皆さん一様に「まあ、お元気ですねえ」と褒めてくださる。
 すると「何しろ1人ですから忙しくて」と、いつもの笑顔、いつものセリフが出る。「娘たちも助けてくれますけれど」と続くのは、私たちに気を遣ってのこと?
 こうして気持ちのアップダウンを繰り返しながら人は老いていくのだろうか? エイジングとは自分に起きる変化を日々新たに経験することらしい。
   疲労つもりて引き出ししヘルペスなりといふ
   八十年生きれば そりやぁあなた (齋藤 史)
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