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老親とともに 信子と啓子
コロンブスの卵(靖子)

 今年の春のこと、クリニックの先生に健康診断書の発行をお願いした。「身長は何センチですか?」と聞かれた母が澄ました顔で答えている。 「少し縮んだので160センチ位かしら?」
 傍らに控えていた私は笑いをこらえるのに必死だった。というのも、今では身長157センチの私より頭半分ほど低くなっているのだ。若い頃の母は当時の女性にしては背が高く、多分161〜2センチはあったと思う。母の頭の中にはまだその頃のイメージが残っていて、ついそんな返事をしたのかもしれない。
「では測ってみましょう」と看護師さんに促されて計測台に上がった母が、今度は「昔より髪がだいぶ薄くなったから・・・」と独りごとを言っている。
「148センチですね」と言われた時の、母のポカンとした顔といったら!まるで鳩が豆鉄砲をくらったようだった。ややあって、「まあ、ずい分縮んじゃったのねえ」と、照れくさそうな顔をした。
 帰宅してくつろいだ母がしみじみとした口調で言う。
「10センチ以上も低くなったのね。パンツだって、あちこち直さないと履けないのも無理ないわ」
 今の母は背が低くなっただけではない。腰骨の高さが左右で2センチは違っているし、多少なりとも体が前傾している。市販のパンツはどれもそのままでは履けない。
 だが、そこはオシャレな母のこと、「リフォームは大変なのよ」と言いつつも、何とか自分の体形に合わせて直してしまう。40歳代も半ばになって洋裁学校に通い、3年のコースを見事主席で卒業した母の面目躍如といったところである。まずはウエストベルトを外し、股上をつめてベルト部分はゴムに替える。裾上げも左右同じ寸法とはいかず、左を2センチ短くしなければならない。邪魔なポケットは切り取り、表からステッチミシンをかけるなどと、なかなか手の込んだ作業もあって、当然のことながらひとつ仕上げるのにも長い時間がかかる。洋裁が得意な妹に手伝ってもらったら?と私が勧めても、「急がないからいいのよ」とマイペースの仕事ぶりである。
 視力が衰えて、糸通しに苦労していた母から「一大発見したわ!」と弾んだ声で報告がきた。
「聞いたら『な〜んだ』と思うわよ。こんなに簡単なことを、なんで今まで思いつかなかったのかしら?バカみたい」
 母が言うには、拡大鏡の取っ手をテーブルの端に固定して、突き出たレンズを覗きながら糸を通すのだとか。なるほど、これなら両手は自由だし、針穴も糸の先もはっきり見える。
「糸先にはほんのちょっと糊をつけて、ほつれを防ぐといいのよ」
「ママ、すごい!コロンブスの卵だわ」
 実は私自身も糸通しに四苦八苦していたのに、解決法など考えもしなかった。ミシンの場合はいったん針を外し、糸を通してからまた取り付けると楽なのだそうだ。
「あとは手順通りに糸をかけていくだけ」
半世紀以上も使い慣れた足踏み式のミシンを、母はいまだに大事にしている。
「何か方法はないかしらと、いろいろ考えたのよ」
 “必要は発明の母”というけれど、“ひらめきの源泉”でもあるらしい。娘たちに頼らずに、何とか工夫しようと努力している母の姿から学ぶことは多い。幾つになっても‘知恵をしぼる楽しさ’を忘れてはいけないのだ。母は今、妹からのお下がりならぬお上がりの、白いパンツに取り組んでいる。秋が深まる頃には仕上がって、お気に入りのマロンブラウンのセーターによくマッチするだろう。タートルの襟には金銀の小鳥のブローチを留めて、秋のファッションの出来上がり!
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