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老親とともに 信子と啓子
のどもと過ぎれば(靖子)

 この1〜2年、母の会話によく登場するセリフがある。「靖子に言うと叱られるかもしれないけれど」とか「怒らないでね」と言い出したら要注意なのだ。推測するところ、母の体力を超えるほど働いた時のサインなのである。「無理しちゃダメよ」、「頑張り過ぎないで」と口癖のように繰り返す私への牽制球でもある。「叱らないで」、「怒らないで」と前置きする位なら黙っていればいいのに、つい喋りたくなるのはもしかしたら本音は別のところにあるのかもしれない。「よく頑張ったわねえ、凄いわねえ」という褒め言葉を期待しているらしいのだ。「怒るわけはないでしょう。どうしたの?」と聞けば「高い台に乗って桟の上を拭いたの」、「庭の雑草取りを始めたらエスカレートして2時間も経っちゃった」等といかにも満足そうに言うのだ。そのくせ2日もすると脚がだるい、腰が痛い、と弱音も吐くのである。「疲れは後から出るのよ。身体を壊したらどうするの?」と多少の苦言を呈するものの、最後はやっぱり「まだまだやる気十分ね」と花を持たせて母の勝ち。
 しかし今は事情が違う。治療中の貧血が一向に改善されないのである。本人の意向もあり、90歳という年齢や体力も考慮して薬と食事療法で回復を図ってきたけれど、ヘモグロビン値はむしろ低下の様相を示している。このまま胃カメラや大腸の内視鏡検査を受けずにいてもいいのだろうかと、迷いや不安を拭えない。その上この夏の酷暑が加わったのだから娘の心配は増すばかりだった。その矢先のことである。朝の定時コールをすると「何だか変なの。動くと胸がドキドキして足が前に出ない」と言う。「でもね、椅子に座って落ち着くと治まるのよ。暑さのせいかしら?」と元気がない。そして「怒らないでね」と付け加えた。よくよく聞いてみると裏庭の茗荷畑の手入れをしたと言うではないか。本来ならば目下通院中の病院へ行くべきだと思ったけれど、遠い上に予約の変更もしなければならない。とりもなおさず、それまでお世話になっていたクリニックへ駆け込んだ。先生のお話ではどうも心不全を起こしたらしい。その日は血液検査の数値も驚くほど低くなっていた。先生は臓器からの出血を心配しておいでの様子である。数日後、お借りしたレントゲン写真と検査結果の資料を持って病院へ。ゆったりタイプのこちらの先生は「どうして値が下がったのかなあ?」と首を傾げていらっしゃる。改めて撮った胸部レントゲン写真で、心不全は治まっているのがわかった。ひとまず胸をなでおろす。貧血に関してもわずかながら数値が上向いていたせいか特別のお話もなく、いつも通りに薬を頂いて帰宅したのだった。
 それ以来母の行動範囲はほとんど家の中に限られて、脚もだいぶ弱ってきたようだ。「涼しくなったらまた買い物に行けるかしら?」と言いながら部屋の中を歩き回ったり、椅子に座って足の上下運動をしたりと母なりに努力をしている。「歩けなくなったら大変ですものね。せめて家の中で動かなくちゃ」と言って笑ってみせた。「お願いだから大事にしてね」娘はそう言うしかないのである。そんな会話を交わしたばかりだというのに、またまた「怒らないでね」と例のセリフが出た。門の前のあちこちにタバコの吸殻が捨ててあって、どうしても放っておけなかったのだとか。「マナーをわきまえない人が増えて、イヤな世の中ねえ」と嘆いている。「胸の動悸は大丈夫?」と聞けば「少しドキドキしたけれど、深呼吸をしたら治ったわ」
 ああ、もう何をか言わんや、のどもと過ぎれば熱さを忘れる。この調子では私も相変わらず「やめて〜、無理をしてはダメ〜」と叫び続けることになりそうである。
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