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老親とともに 信子と啓子
バイリンガルで(信子)

 母が補聴器を購入してから、かれこれ一年が経つ。初めのころは珍しさもあってか毎日のように使っていた。しかし、だんだん面倒になったらしく今ではほとんどしまいこまれたまま。
 最近、テレビのボリュームが大きくなっているのが気にかかる。
 「ボリューム 少し大きくない?」
 「??...」
 「補聴器使わないの?」
 「なんだか調子悪くて...」としぶっている。しかし結局ごそごそと箱から出して豆粒のような宝物を耳にあてがい始めた。まあこの年齢になって異物を耳の中に押し込むのは決して愉快な事ではないに違いない。できる事なら周りの人間も少し大きな声で話すようにしなければと心がけているが、それが並大抵でない。
 最近また一段と耳が遠くなったようで、母とのコミュニケーションは時に愉快な展開になるのだ。
 「おばあちゃん、キンカンとって」と娘が言う。「えっ? 印鑑がいるの?」と母。
 「ふきん あげましょうか?」と私。「ピン 何にするの?」と母。
 ニュースを聞きながら「また熊が出たのね」と私。「鮒が?どこに?」と母。
 「ムスクリがすっかり枯れて、種がこぼれそうになってるよ」と私。「何が?虫食いですって?」と母。という具合で一日に一回は笑う、母も苦笑する。
 どうやら語頭の子音が、欠落するか、聞きそこなうか、なんらか変化するようではある。おまけに母は完全な関西弁の抑揚であるが、その事が聞きそこないの原因にもなる。しかし、いろいろ分析して笑っていられる場合ばかりでもない。咄嗟の合図や、すぐに行動の必要なときもある、少し離れたところから声をかけるときっだってある。
 そこで......バイリンガルなのだ。
 肯定否定は,Yes,No。これは絶対聞きそこないは無い。四季咲きのバラはfour seasonsのバラですんなり。母と二人で大笑いしながら、stand up pleaseとかsit downとか言ってみる。つぶやくように、あるいは口ごもって話すことだってある日常の会話。その話し方も表現であり意思でもあるのだから、やたらに声を高める事には少々抵抗もある。しかし、これを英語でとなると片言とはいえ緊張してはっきり響く。
 お互い英語力ゼロなのに、うまくいくのかどうか......しかし母は楽しそうに「二ヶ国語やねえ」とつぶやいている。いろいろ問題はあるけれど、たまにはエンジョイしてみてもいいかなあ。
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