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老親とともに 信子と啓子
野牡丹(靖子)

 受話器の向うから「うれしくて、うれしくて!」と、弾んだ声が返ってきた。87歳で一人住いをしている母への定時コールである。
 「もうダメだと思っていたのに、野牡丹が蕾をつけたのよ」
 そういえば何年か前に闘病生活で外出できなくなった父に見せたいと、母が近くの新井薬師の縁日で小さな鉢植えを求めてきたのだった。夏に桔梗によく似た淡紫色の五弁の花をつける低木である。父は翌年の花を待たずに亡くなった。いつしか枯れて鉢ごと庭の片隅に置かれていたのを私も知っていた。昨春、その茎から小さな芽が出ているのを見つけて庭に植え替えてみたそうだ。今年7月、最初の一輪が開いてから次々と咲き続けて母を楽しませている。
 「このゆすら梅はパパのお友達に頂いたの。都わすれはお竜さんが下さったのよ」庭の木々や花々にはそれぞれ母が出会ってきた人達の思い出が重なっているのだ。屋根よりも高くなった月桂樹は「パパの木」お墓参りには必ず一枝持参して父の墓前に供える。
 「今朝も早起きして働いたのよ。むくげの枝を切って、草取りをして、あ〜せいせいしたわ」と、いちいち報告する。「私が行くまで待っていればいいのに」と口元まで出かかった言葉を急いで呑み込む。庭には点々と敷石があって、背も腰もゆがんで不安定な母が躓いたらどうしようかと私はヒヤヒヤしているのだ。もし転んだりしたら、骨粗鬆症でスカスカになっている母の骨はひとたまりもないだろう。「私はよく転ばないわねぇ」と母は自分で感心している。私もその時はその時と覚悟を決めて精一杯頑張っている母にエールを送ろう。「こんどは海棠の横にお茶の木を植えようかしら?」「そうね、いいかもしれないわ」
 最近の母の語録から。「毎日、目が覚めたら戦いよ」
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