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老親とともに 信子と啓子
火曜日はチーズの日(靖子)

 母は買い物が好きである。今は多くの場合、私や妹が引き受けているけれど、かつてはデパートのハシゴは当たり前、アメ横へも浅草橋の問屋街へも頻繁に出かけたものだ。帰宅して「これ、どう?」と家族にその日の掘り出し物を披露するのが常だった。体形が変わって着られなくなった衣類は別にしても、オシャレ用の小物から、使って便利なキッチングッズ、テーブルウェアに至るまで、それらの品の多くは今もまだ母の身の回りにあって日々の暮らしに役立っている。
 こうして身についた母の買い物術はいまだに衰えていないようだ。値段の見極めも、品物の選別も、私など足元にも及ばない。感心するのは母の即断力である。私のように、いったん手にした物を迷ったあげく元に戻したりはしない。イエスかノーか、買う買わないのポリシーがはっきりしているのだろう。
「このお皿、色がいいでしょ。野菜の煮しめにぴったり」
「これは浅草橋で見つけたお鍋よ。深さと大きさが気に入って買ったの。とても重宝しているわ」
 下町育ちの父も店を冷やかして歩くのが好きだったから、2人で出かけることも多かった。そんな折に手に入れたシルクのストールはレンガ色のグラデーションが華やかで、20年以上経った今なお母によく似合う。
 しかしさすがに近頃は母の買い物エリアもぐっと狭まって、家の近辺に限られる。だが、幸いにも母は極めて便利なところに住んでいて、5分も歩けばショッピングセンターがあるし、駅へ続くアーケードも近い。もう少し足をのばせばデパート系列の大型店が3つもあって、品揃えと価格の安さを競い合っている。
 「今日は火曜日、チーズの日だわ」と受話器の向こうで母が言う。そのスーパーでは毎月何週目かの火曜日を乳製品の日と決めていて、特定の品を格安な値段で売るのだ。また別の店では「魚の日」があったり、「野菜の日」があったりする。
「あとで散歩をかねて行ってくるわね」と言葉が続く。
「重いからたくさん買っちゃダメよ」
「ガラガラを押して行くから大丈夫」と本人は自信ありげである(何故か母はショッピングカーをガラガラと呼ぶ)。昔からこれと思った品を安い時にまとめて買うのが母の流儀。今も時々その癖が出る。必要な時に必要な物が手元になくて慌てるのが大嫌いなのだ。生鮮食料品は仕方がないとしても、たいていの物は予備がストックしてある。
 母が行くスーパーの中には地下1階に店があるのにスロープもエスカレーターもないところがある。荷物を入れたままガラガラごと持って階段は上れない。
「まず荷物を何回かに分けて運び、最後にガラガラを上げるのよ」と言っていたが、やがてそれも無理になった。最近は店員さんに頼むことにしたそうだ。
「その時はなるべく優しそうな人を見つけるの。みんな気持ちよくやってくれるから嬉しいわ。『いつでも声をかけてください』って」(へぇ〜、なかなかやるじゃない。きっと飛び切りの笑顔でお願いするんだろうなあ)
 母の頭の中にはそれぞれの品の定価がしっかりインプットされていて、店どうしの比較も怠りない。
「今日はお砂糖が98円だったわ。安いわねぇ」
「あのインスタントコーヒーが300円を切ったら買うわ」
 こんな母を見ていると何だか嬉しくなる。まるでゲームを楽しんでいるみたい。さて、明日は何の日かな?
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