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老親とともに 信子と啓子
記憶の絵本(靖子)

 父が亡くなってやがて8年になる。母の一人暮らしにも同じだけの歳月が流れたのだと思うと、今更ながら感慨深い。‘一体どうなるのだろう?’という当初の心配も今は夢のようである。とはいえ母も90歳を超えてさすがに動作もゆるやかになり、始末出来ない家事も増えた。それでも気力は未だに衰えを見せていない。「お元気そうですね」と声をかけられれば「娘たちにも手伝ってもらいながら、何とか一人で頑張っています」と胸を張って答えている。その自負心があってこそ、母は一人暮らしを貫いていけるのだろう。
 「毎朝起きたら鏡を見て『今日はどうかな?』と自分に笑いかけるのよ」と言う。「歩くのはよたよたしているけれど、見かけは元気そうでしょ?」母の顔は大き目のトンボメガネにも助けられて、実年齢よりも若く見える。そして「私、自分が90歳だなんて信じられないのよ」といつものセリフが出る。そのくせ誰かに「まだ まだ2〜3年は大丈夫」とか「100歳まで元気でいてください」などと言われるのは好きではないらしい。区切られるのはイヤなのである。そこで娘は「寿命がある限り、1日1日を大事にしていきましょうね」と言うことにしている。
 つい最近のテレビ番組で新藤兼人監督が「孤独は捨てたものじゃない。一人でぼんやりしているのがいいんですよ」と語っていらした。監督は95歳、マンションで一人暮らしをなさっているそうだ。家事や食事の世話にはヘルパーさんの手を借りるけれど、「私は精神的な孤立を貫いているのです」とおっしゃった。「それに父も母も乙羽(信子)さんも私の中に住みついているのです」とも。一人でぼんやりなさるその時間にシナリオの構想を練り、執筆もされるのだとか。さっそく母にこの話をすると‘わが意を得たり’という表情で「本当にその通りなのよ」と言う。パパもおじいちゃんもおばあちゃんもみんな心の中にいて、ある日ある時のシーンまでありありと思い出せるそうだ。「だからちっとも寂しくないの」とつけ加えた。
 「ママ、いつ頃からそんなに思い出すようになったの?」と聞いてみた。「そうねえ、やっぱりパパが亡くなって一人になってからかしら。忙しい頃はそれどころではなかったわ」という返事である。「ああ、そうなのだ」と合点がいった。日々の暮らしに追われているうちは、心の中に住みついた人たちも深く静かに隠れていて折々にしか顔を出さないのだろう。ぼんやり出来る自分だけの時間を得て初めて、懐かしい人たちが懐かしい時間を運んでくれるのかもしれない。
 かのヘルマン・ヘッセも著書『人は成熟するにつれて若くなる』の中で〈六十年、七十年来もうこの世にはいない人びとの姿と人びとの顔が私たちの心に生きつづけ、私たちのものとなり、私たちの相手をし、生きた眼で私たちを見つめるのである。いつの間にかなくなってしまった、あるいはすっかり変わってしまった家や、庭や、町を、私たちは昔のままに、完全な姿で見る。そして私たちが何十年も前に旅の途上で見たはるかな山々や海岸を、私たちは鮮やかに、色彩豊かに私たちの記憶の絵本の中に再発見する〉と書いている。
 母の絵本をもっともっと開いてみたい。そして私もまた豊かな物語と彩りに満ちた記憶の絵本を持ちたいと願うのである。
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