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老親とともに 信子と啓子
どっちがうわて?(靖子)

 「イヤな世の中になったわねぇ」というのが最近の母のセリフである。「引ったくりに遭ったおばあさんが大怪我ですって」
「気がムシャクシャしたからって見ず知らずの人を刺したり、子供を虐待して死なせたり、どうしてこんな風になっちゃったのかしら?ああ、イヤダ、イヤダ!」
 確かに母の言うとおり物騒なニュースばかりである。もともと用心深い母だったが、1人暮らしになっていっそう警戒するようになった。
 あれはサムターンまわし等と呼ばれる空き巣の被害が多発していた頃だった。「門のブザーに変な印がついていた」と言う。目につき難い底部に赤のマジックペンで小さくsと書いてあったそうだ。「気味が悪いからすぐベンジンで消したけど、何かの暗号かしら?」と心配している。その後の報道で彼らは犯行前に入念な下見をすることを知った。説明によれば赤は女性、sはシングルの意味だとか。「アリババと40人の盗賊」の真似をして近所の表札にs字マークをつけて回るわけにもいかないし、母ではないけれど、ああ、イヤダ、イヤダ。それ以来、母は毎日表門と裏口の点検を怠らない。しばらくして今度は母が何気なく玄関を開けたら男の人が門の外からじ〜っと中を覗いていたというのだ。
「私と眼が合ったとたんにパッと逃げたのよ。それがどう考えても、この間排水溝の掃除をするといって回ってきた男に似ているの。でも私が急に顔を出したから相手もびっくり仰天したみたい。きっと、この家はダメだと思ったでしょうね」
 母には時々霊感が働くらしい。
 ‘振り込め詐欺’めいたものもあった。
「パパ宛にこんなハガキが来たけど、今ごろおかしいわねぇ。労務管理事務所を開いていた時のことかしら?」
 読んでみると「ログオフが未完了なので期日までに費用X万円を振り込むように」という文面である。差出人はそれらしき機関の名前になっていた。母が面食らうのも無理はない。そもそも「ログオフ」などという言葉は聞いたこともなかったのだから。
「パパはパソコンなんて使っていなかったから、これはインチキよ。絶対に連絡なんかしちゃダメ」
「ああ、怖い。本当に油断もすきもないわね」
 父が亡くなってすぐの頃はエステティック・サロンからの勧誘電話に「私はもうおばあさんだから」などと答えていた母も、近頃では電話のセールスにも互角に渡り合っている。
「この間『英会話を習いませんか?』って電話が来たから『娘が英語の先生をしているので、ノーサンキュー』と答えたら切れちゃった」
「不動産屋から『土地を売却しませんか』と言われた時は『私は留守番の者なのでわかりません』と返事をしたの」
 聞いていると孫から親戚まで動員したり別人に化けたり、臨機応変に対応しているようだ。いったい、どっちが上手なの?
 先日のこと、ベルが鳴ったので思わず大声で「ハ〜イ」と返事をしたら「ダメ!」と母に叱られた。
「声を出さずにそ〜っと玄関を開けて覗くのよ」
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