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老親とともに 信子と啓子
90の手習い(信子)

 父が亡くなる少し前のこと、母は「お父さんが死んだらわたしは何をすればいいの?」とぽつりと言った。何といったってお父さんあっての自分ではあったのだろうけれど、友達とあちこち旅行もしたし、十一面観音めぐりも楽しんだし、趣味のロウケツ染めなど50年以上も続けている。だのに何故?「お父さんのお世話はなくなるし、今までやれなかったことを、今までどおり続ければいいじゃないの」といってみたものの、どうやら答えにはなっていないらしかった。
 何をするにも、自分の一存でことを決するということのなかった母である。
 相談をしたり意見を聞いたりとは違う、いわば保護者のような父が、母の行動のすべてを支えていたといえる。
 母は、難しい父との長い生活が終わってほっとすると同時に、支えを失ってどうやって歩けばいいのか、全く自信がなかったのに違いない。「自立」。母にとっては、生まれてはじめて考える二文字なのだ。

 父が亡くなって3ヶ月、4ヶ月、少しずつ以前の日常が戻ってきた頃、ちょうどヘルパーの講習をマスターしたばかりの娘が「おばあちゃん、デイにいってみたら?きっと気が晴れるよ」としきりにすすめた。母もはじめのうちは、気持ちが今ひとつ動かず「そうねえ、そうねえ」の繰り返しだったけれど、心配してくれる孫娘の心根に動かされたのか、施設の見学に行くことにした。私も同時にケースワーカーと相談しながら、見学にも行き説明もうけていた。
 そして、数ヶ月。母の順応力はすばらしかった。
 たまたま、2,30年も前にカルチャーセンターでご一緒だった先輩にめぐり合えたなど思いがけないことまであって、デイの環境に親しんでいった。
 文字通り、90の手習いである。書道を、かな文字「いろは」から、夢中で練習している。「何度も何度もお父さんに言われながら、おけいこしなかったけれどねえ」といいつつ3年ちかくになるが、今では、奥の細道や源氏物語まで、書いている。
 さて、「自立」はあやしいけれど、現在の母には、どこか解放感がみてとれる。
 どうか、今のままで、元気でいてほしい、と私は思う。 
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