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老親とともに 信子と啓子
おばあちゃんの三種の神器(信子)

 父は目が悪かったせいか、亡くなるまで耳が遠くて苦労するということはなかった。しかし、母は父の存命中から耳が少し遠く父が亡くなってからは、一層ひどくなった。日常生活に差しさわりがあるというほどではなかったが、たとえばテレビの音量など通常12かせいぜい14のところ、17か18ぐらい必要だし、とんでもない聞き違いや愉快な聞きぞこないをしてみんなで大笑いをする。家族はみんな承知しているから大きな声で言い直してすんではいるが、遠からずコミュニケーションがとりにくくなってくるだろう。
 その日のためにも補聴器を母にすすめていたのだが、いつも母は「あれはいや、雑音がうるさくてうるさくてどうしようもないって、みんな言ってるよ」と取り合ってくれない。私も何人かの同じような意見をきいているが、工夫次第で上手に利用できるのではないかと、試してみてだめなら使わなければいいだけのことだし、うまくいくかもしれないのだからと、しつこく食い下がることにした。もし補聴器がうまくいけば、母は生活が二倍楽しくなるに違いない。たとえうるさい音が聞こえても、聞こえなかった小さな優しい声が聞こえるのだ。「ほら、ひどい雨よ」と話しかけても、「そう?」としか反応が返ってこないこの寂しさを何とかしてほしい。
 そうこうするうち母自身いささか不便も感ずるようになり、主治医の先生にも「ためしてみるだけの価値はありますよ」といわれて、まずは“聞こえのテスト”を受けいろんな説明を聞くことになった。従来の補聴器と違い騒がしい音はなるべく抑え、小さな音をしっかり拾うような調節が可能になっていることや、自分の耳にあった形に作ることで違和感を最小限にしてストレスも少なくなっているなどが分った。母のテストの結果はそれほどに深刻なレベルのものではない上、単に音が聞こえるかどうかの数値のほかに、音の理解(“か”と言ったのを”か“ではなく”あ“と母音のみきいてしまうのは×)の正解率がよくお褒めをいただいたのに気をよくしたのか、即座に「私、使ってみるわ、ためしに右だけでも」ということになった。

 オーダーして1週間で出来上がる。久しぶりの秋空。車椅子ででかけた。
 小さな小さな大豆大ばかりの補聴器。少し大きめの錠剤ほど。これは飲み込めちゃうなあ、間違えて食べちゃうなんてことはないだろうけれど。涙ほどの電池。ほほえましい代物である。何度も何度も挿入の練習もした。しっかり耳奥に入れた補聴器を短いひげのような紐を引っ張って取り出す。ぽろぽろこぼれそうになる小さな電池のはめ方もマスターできた。若干の微調整もしてもらって、無事母の手に大切におさめられた。
 帰り道「今日はお世話をかけたわね。よかった。」と母。
 「小さいから失くさないように注意しなくちゃねえ。大丈夫?」と私。
 「おばあちゃんの三種の神器だねえ。」と重ねて言うと「そう。車椅子、アリセプト、そして補聴器、ね。」と母。
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