判例 女友だち 映画ウォーキング 情報BOX わがまま読書 リンク おたより欄
老親とともに 信子と啓子
母と娘(信子)

 最近、母と娘がらみのテーマが母の友達の間で話題に上るらしい。デイサービスでのお喋りでも、一人暮らしがいいか、長男の家族と同居がいいか、それとも娘の家族との同居がいいかといった話がにぎやかのようだ。さんざんみんなが実情を披露して、たっぷり愚痴をこぼして、最後は「娘の家族との同居が一番」ということに落ち着くらしい。
 我が家は、その理想の「娘の家族との同居」歴7年だけれど、果たしてどうだろう。
 先日のことだった。デイから帰る母を出迎えているところへ、コーラスの友人が通りかかり三人で立ち話となった。彼女は「おばさまはお元気ですねえ。目がきれいでいらっしゃる。」と、母はご機嫌で「いいえ、いいえ、そんな事は無いでしょうけれど」など言いながら嬉しそう。そして彼女が「お嬢さんのお世話が行き届くから、お幸せですね。」と私を持ち上げてくれたのがいけなかったのか、母は「いやいや、なかなかこの人きついのよ。考え方だって違うでしょ」と反論に出た。彼女は「あら、それがいいのよ、私は娘と二人だけど、いつも言い争ってばかり。でも刺激になっていいでしょう?」と巻き返す。「まあそうも言えますけどね」と母は少々不満げだ。私は、しばし苦笑しながら聞いているしかなかった。そして、母は「でも、これがお嫁さんなら、こうはいかないわね」と。
 そういうことなのか、そうばかりではなさそうにも思う。
 老親との暮らしは、大変むつかしい。
 夫婦単位の家族が普遍化して久しい今、事情がどうあれ異なった家族員との共同生活にはさまざまの問題が発生する。その問題をできるだけ少なくするために、条件を絞り込んでいった結果、「娘の家族との同居」が浮上したに過ぎない。
 それでも母は、私の家族との関係をことさらに気遣う。私は、その母の思いを気遣う。
 仕事が詰まって多忙なとき、健康が優れないとき、甘えがわがままになる。これはまずいと踏ん張ろうとしても、だんだん落ち込むばかりだ。そんな時、私は50年近くも昔のことを思い出して元気を取り戻すことに成功した。

 私が学生時代のことだ。毎晩のように帰りの遅い私の学生生活を、母に理解してもらうために交換日記を始めた。講義や研究室の事、私の学外の活動や友達のことまでを書き、母の理解と同時に意見も聞かせてほしいと注文をつけたりした。的外れの事もあったけれど、細かな字で丁寧に書いてくれた。いつまで続いただろう、そのうちいよいよ多忙になってしまったのだろう。卒業までは続かなかった。
 いわば、母と私の密約。私と母の距離をぐっと縮めたと、そのとき思った。

 あるとき、何気なく母に聞いてみる。「一人暮らしのほうが気楽でいいって思ったことない?」。「一人では、よう暮らさんわ」と母。そうか、まあ時々わがまま言って、何とかやっていこうか、と思う。
Copyright(C) 2001 GAL. All Rights Reserved.
 
TOP BACK