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老親とともに 信子と啓子
お薬コロリン(靖子)

 「今日、買い物に行った時、とても不思議なことがあったのよ」電話の向こうで母の声が弾んでいる。半年ほど前のことだ。不思議だなんて大げさねえ、と思いながらも、漫才の相方よろしく「なあに?笑っていないで早く教えて〜」と調子を合わせた。
 「あのね、レジで『あと1円』と言われて『はい、あります』とトレイに1円玉を置いたら、レジの人が『うわ〜』と声を上げたの」
 「へえ〜、虫でもいたの?」
 「『うわ〜、1円玉が立っている〜。私、初めて見ました』って」そしていかにも可笑しそうに「ホホホ・・・」と笑った。
 「見たら本当に1円玉が立っていたのよ。『私だって初めて』と言って顔を見合わせたわ。何だか楽しくなっちゃった」
 そんなことってあるかしら?と、にわかには信じ難い。でも、母が作り話をする筈はないし、「私も見たかった〜」と相槌を打った。
 それからしばらくして「不思議よ〜、こんどは薬が立ったの」と報告が来た。カプセルからパチンと押し出したら、テーブルの上をコロコロと転がって、立ったまま止まったそうだ。母は現在、朝2種類、夜2種類、毎食後1種類と、合わせて5種類の薬を服用している。そのうちの、丸くてぺったんこな2種類が立ったというのだ。直径は5〜6ミリ、骨粗鬆の治療薬と血圧降下剤、朝と夜に飲む薬である。そんなことが何度か重なるうちに、「どうしても不思議で仕方がないの。パパが立たせているような気がして思わず泣けちゃった」と言い出した。母らしい解釈だなあ、と思う。「偶然よ」の一言で片付けてしまえばそれでお終いだけど、私も母のフェアリーテールを信じたい気持ちになってきた。
 「そうね、パパからのエールかもしれないわ。いつも側にいてママを見守っているから頑張れ!って」
 よく‘朝茶柱が立つと縁起がいい’と言うけれど、なぜそれが吉兆なのか説明はなかなか難しい。母が「薬が立ったから、いいことがありそう」と喜ぶのも、似たり寄ったりの気がする。私だって、‘駅へ行くまでに犬を連れた人に3人出会ったら、今日はワンダフル’などと遊び半分で思うこともある。たまたまその通りになると何となく嬉しくなって、心の中で「ウフフ・・・」とにんまりするのだ。日々の、小さな、どうでもいいようなことを楽しんだり、面白がったりするのも、五木寛之流に言えば「生きるヒント」なのかもしれない。
 「また薬が立ったのよ。今日はきっといい日になるわ」と言う時の母は元気がいい。ハツラツとしている。ところが残念なことに娘たちは未だに薬のアクロバットを見たことがない。
 「立たせようという下心があるとダメなのよ」と母は言う。何も考えずに無心でカプセルを押し開くと成功率が高いらしい。茶柱だって薬だって、何だっていい。せいぜい縁起をかついで‘活力剤’にしてほしいと思う。
 「パパ、サインはゴー!これからもお薬コロリン、よろしくね」
写真の父が笑っている。
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