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老親とともに 信子と啓子
困ったときのパパ頼み(靖子)

 めったに捜しものをしない母が「困ったわ。ハンコが見当たらないの」と言う。そろそろ銀行へ行く時期だからと、いつもの保管場所を開けたところ、通帳はあるものの印鑑だけが入っていなかったそうだ。「一緒にしてあるとばかり思っていたのに、おかしいわねえ。昨日から頭がボーッとしているの」と情けない声を出している。母のことだから食事もそこそこに、思いつく場所を次々と捜しているに違いない。私が付き添って銀行へ出かけたのはもう1ヶ月も前のことで、それ以来印鑑を使った覚えはないと言うのである。前日母を訪ねた妹は「ママ、絶対にあり得ないと思うところから見つかることもあるのよ」と言ったそうだ。母の家の合鍵が行方不明になって何日も捜したあげく、缶に入れてあるお菓子の間から出てきたのだとか。しょんぼりしている母を元気づけようと、失敗談を披露したものらしい。「私もやったわ」とつい口がすべって、我がオッチョコチョイぶりを話すことになってしまった。数年前に住まいをリフォームした際のこと、朝起きたらいつもかけているメガネが見つからない。いくら寝ぼけていても、メガネを置く場所は限られていると思うのに、ない。あの時は‘予備があってよかった’としみじみ思ったものだ。数日後、輪ゴム類を入れておく箱の中に入っているのを発見して我が目を疑った。その上ご丁寧にもティッシュにくるんであったとは!未だに狐につままれた気がするのである。
 母はキャッシュカードを持っていない。「私は機械に弱いから持ちたくないの」と言うけれど、私から見れば‘機械が苦手’というよりはカード嫌いなのだと思う。窓口の行員と言葉を交わし、1万円、5千円、千円札の枚数を指定して引き出すのである。父が亡くなったとき、それまで使い分けていた数個の印鑑を面倒だからと一つだけにした。その印が失くなると銀行も郵便局も株式も、何もかも当分は動かせなくなる。たぶん手続きも簡単ではないだろう。「年末が近いから早く見つけないと大変だわ」と言う母を「ママ、必ず出てくるわよ。万一見つからなくても手立てはあるから心配しないで」と慰めたものの、私も少し気が重くなっていた。「パパにいつも『出したら必ずもとの所へ戻しなさい』と言われていたのに、ついうっかりどこかへ入れたのね」と母はしきりに反省している。
 それから3日ほど経って、思いがけない時間に電話が鳴った。ドキンとしながら受話器を取ると「とうとう見つけたわ!」と何とも嬉しそうな第一声である。「慌てているとダメなのねえ。『パパ、教えて、教えて』と言いながら、戸棚や本箱をもう一度念を入れて見直したらあったのよ!」聞けば印鑑を入れた小さな袋が戸棚の隅に押しやられていたらしい。「きっとパパが助けてくれたのね」と言う。またまた‘困ったときのパパ頼み’になって、父も苦笑いしていることだろう。私にも「使ったら必ずもとへ戻すのだよ」という父の声が聞こえたような気がした。そしていつも整っていた父の机を思い出す。入院中の父から「右側3段目の引き出しの中ほどに、黒いペンがあるから持ってきて欲しい」とか「真ん中の引き出しの左奥の名刺入れ」などと言われて、すべてその通りに見つかったのも懐かしい。
 父が亡くなって8年、‘パパ頼み’のご利益がまだまだ続きますように。
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