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老親とともに 信子と啓子
お守り(靖子)

 あれは確か三年前、母が独り暮らしになって二度目の冬を迎える頃だった。ガラス戸越しにやわらかな陽射しを浴びながら何やら思案している。周りには色とりどりの毛糸玉が転がっていた。赤、ピンク、ブルー、イエローと、まるで絵の具箱の色が全部揃っているように賑やかだ。大きな玉、小さな玉、太い毛糸や細いもの。「ああ、これは母が初孫の甥のためにフードのついたジャケットを編んだ残りだわ」と、すぐに分かるものもある。
 「夜が長くて仕方がないの。指先の運動にもなるし、残り毛糸で何か編もうと思って。目が疲れないように中細だけの長編みでクッションカバーはどうかしら?このオレンジには何色を合わせたらいい?」
 こうしてスタートした母のクッション作りは快調に進んでいった。出来上がったカバーにパンヤを詰めて「なかなか具合がいいわ」とごきげんである。長編みだけとはいいながら凝った配色が映えている。そのうちに残り毛糸だけでは足りなくなって新たに買い足すようになった。まず母の身の周りから始まって、いまや我が家のソファーも妹の家のリビングルームもカラフルなクッションのオンパレードになっている。
 「そうそう、あの妹達も背中が痛いと言っていたわ」
 母の贈り先リストはまだまだ拡大傾向にあるようだ。きっともうすぐ叔母達のもとにもふわふわのクッションが届くだろう。
 「おばあちゃんもいつも縫い物をしていたわねえ」
 手を動かしながら、母からいえば父方の祖母の話が出る。
 「だんだん目が悪くなって針に糸が通せなくなったの。どうしたと思う?短くなった糸と新しい糸の端をほぐしてから、また縒り合わせてつなぐのよ。」
 現在では広く普及している白内障の手術など思いもよらない時代のこと、まだ小学校の低学年だった母は「おばあちゃん」のために長い糸を通した針を何本も用意したという。
 子供の頃から幾度となく聞いた思い出話につき合いながら、私は顔も知らない曾祖母を何だか懐かしいような気持ちで想像している。その曾祖母が幼い母の頭をなでながら「あんたは幸せになるよ」と言ったそうだ。その言葉は、辛い時、苦しい時、そして嬉しい時にもふと甦り、その時々の味わいを持って母を力づけたことだろう。まるで大切なお守りのように。編み物の手を休めて、母は笑顔でこう言うのだ。
 「私、いまとっても幸せ」
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