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老親とともに 信子と啓子
冬支度、冬仕事(靖子)

 母が「今年こそ障子を張り替えたいの」と言ったのは夏の暑さが残る9月中旬のことだった。たしか去年の秋にも同じ言葉を聞いたような気がする。
「まだきれいだからこのままでもいいんじゃない?」
張り替えて3年目の障子は多少黄ばみこそすれ破れもなく、決して見苦しいほどではない。
「でも」と母は言うのだ。「パパのいる頃はいつも真っ白だったのに、だらしなくなったわ。今から1枚ずつ張ればお正月に間に合うでしょう?」
私は内心“お客さまも少なくなったし、無理しなくてもいいのになあ“と思う。
 障子は全部で14枚、欄間用の小さいものも入れれば20枚になる。外した障子を風呂場で洗い、桟を磨いて十分に乾かしてから寸法通りに切った紙を張っていく。張替えもなかなか大変なのだ。そうかといって母には外注する気などさらさら無いのもわかっている。
「代わりに私達がやるわよ」
「いいの、いいの。自分のペースで気ままにやりたいの」と譲らない。
「今は1枚で障子大の紙もあるんですって。その上、裏からアイロンを当てるとついちゃうものまであるそうよ。でも私は昔通りのやり方で張るつもり」と言う。
「若いころは1日に何枚も張れたのに」と嘆きながらも、母は週に1枚程度のペースで作業を進めた。かつては人並み以上に背が高かった母も、今は背骨が変形してひとまわり小さくなった。まして足元が不安定ときているから背伸びが出来ない。左右の手に糊のついた紙の端を持って、立てかけた障子の最上段に張るのは至難の業である。そこで母は下から張ることにしたそうだ。
「最後は上下を逆さまにすれば楽でしょう?」
こうして先日、とうとう最後の1枚が仕上がった。結果的には紙を切るのと桟を洗うのに時々妹の手を借りたにせよ、我が母ながら“よくやったなあ”と感心する。
「やっぱり気持ちがいいわねえ。部屋が明るくなったわ」
真新しくなった障子に射す初冬の陽射しが心地よい。その柔らかな光の中で母はとても嬉しそうである。「今まで通り、家中の障子を張り替えた」という達成感と、「まだ大丈夫」という自信が母を活き活きさせている。
「昔、おばあちゃんも姉さん被りにたすき掛で障子張りをしていたわ」と、今度は遠くを見る目つきになった。母は1枚1枚張り替えながら、そんな祖母の姿を懐かしんでもいたのだろう。ふと、向田邦子の「阿修羅のごとく」のワンシーンが思い浮かんだ。母亡き後、冬間近な庭先で娘たちが思い出話をしながら樽に白菜を漬ける場面である。季節感と母への想いが重なり合って余韻があった。しかし、私を含めマンション住まいが増えた現在では、障子張りも白菜漬けもやがて身近な風物ではなくなるのかもしれない。
 縁側で母の呼ぶ声がする。
「ねえ、このゆかた、覚えている?」
「うわ〜、懐かしい。私が高校生の時に着たゆかたね」
「ほとんど痛んでいないから、ほどいて大風呂敷にしてあげるわ。私の冬仕事よ」
私は母が今でも祖母の縫った風呂敷を大事にしているのを知っている。そう、母の中には祖母がいるのだ。
 そして私はこの冬こそ、母から6角形をしたお手玉の作り方を習いたいと思っている。
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