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老親とともに 信子と啓子
土手で噛む(信子)

 頭痛、歯痛はごく身近な痛みだ。頭痛にも偏頭痛など激しいものもあるが、やはり何といっても歯痛がつらい。歯の新しい治療法や歯医者さんの情報は、ちょっとした盛り上がる話題でもある。しかし、最近の私の頭痛の種は、歯痛ならぬ歯のない話。母の歯科問題である。
 母たちには、子供の頃から食後や就寝前に歯磨きをするという習慣などおよそなかった。虫歯になってはじめて歯磨きを習うなどという野蛮なケースも決して珍しくなかったそうだ。さらに、虫歯になっても少々の痛みは我慢をし、歯科医院に駆け込む頃にはかなり悪化している、といったぐあいだ。だから、簡単に虫歯は抜かれてしまう。歯槽膿漏など、もっと結論は早い。抜歯をすれば義歯が必要になるわけだから、60歳代、70歳代で総入れ歯ということになる。
 しかし、これからが深刻な問題。
 母は、70歳代でわずかに数本の自分の歯を残して、総入れ歯に近づいた。不具合が生じたびたび入れ歯の作り直しを繰り返すが、結局満足いかぬままに年老いてしまう。義歯のほうは、若干の補正はあるものの作ったときのまま、しかし土台の歯茎は老いて痩せる。当然、入れ歯はますますあわなくなる。そこで、母はやむなく食事の時と外出時のみ歯茎痛を我慢して入れ歯を着用することになった。
 ところが、最近ではもうなりふりかまわず原則不着用。着用はデイに行く時だけ、ちょっぴり美容効果を期待して。
 もっともここに至るまでには、いろいろと笑い話のような苦労も重ねてきている。食べ物の工夫(素材は細かくする、柔らかくする、繊維の強いものは刻む、摩り下ろす)は当然のこと、しかしあわなくなった入れ歯の間に細かくした食べ物が入ってしまう。そんな時には一寸失礼をして、入れ歯をガバッとご馳走と一緒に吐き出す。歯ブラシ立てには専用の歯茎用ブラシ、薬箱には口内炎対策のためにケナログのチューブが常備薬として加わった。とにかく母は「このほうがずっと美味しいのよ、入れ歯つけて我慢してるよりね。固いお豆をポリポリ噛めないのは悔しいけれど」と悟っている。
 それでも私は心配になる。口の中でいわば攪拌して呑み込むということでいいのかどうか。咀嚼する意味、消化の意味をどう考えたらよいのだろう、と。

 たまたま訪問してくれた看護師のSさんの明言。「ああ、土手で噛んでるのね。いいのよ、それで。なるべく柔らかくしてね。」はぁー土手ね。ふーん土手か。土手といえば何となくほのぼのとしてくる。そう言えば、みんな誰だって昔土手で噛んでいたのだ、そこに小さな歯が芽を出し、固いものや大きなものを噛めるようになったってことか。
 母は得々として、笑顔。おまけに先日のデイの歯科検診で、94歳で自分の歯を5本持っているとお褒めにあずかったのだ。「土手もいいし、健康な5本の歯も頑張ってるのよ。」
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