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老親とともに 信子と啓子
引き出し、引き出し(靖子)

 母の引き出しを開けてみたのはいつ頃のことだったろう。小学校高学年になる頃だったかもしれない。洋服ダンスに組み込まれた4,5段の小引き出しに、母は香水やハンカチーフ、折々に使う装身具などの小物をしまっていた。父のカフスボタンやタイピンが同居している引き出しもあれば、真新しい白粉や頬紅の箱が入っているものもあった。母から「ダメよ」と言われた記憶はない。
 使いかけの香水ビンが入った引き出しは、開けるといい香りがした。あれは多分お気に入りのコティだったのだろう。いつだったか、「あの香水はなあに?」と聞いたら、「さあ、何だったかしら?」という返事である。当時の母は寝たきりの姑の介護に追われ、終日かっぽう着姿で忙しく立ち働いていたから、香りの衣を纏って出かけることなど、ほとんどなかったに違いない。小さなガラス瓶に残った香水には少し色がついていた。
 また別の引き出しにはレースのついたハンカチーフが丁寧に折りたたまれて入っていた。そっと広げてレースをかざすと、細い糸で編まれた模様の間から空や庭の木々が透けて見えた。まるで切り絵のようだった。若い頃の母はよくスーツを着ていたから、きっとその胸ポケットを飾っていたのだろう。長年使われずにいたせいか、うっすらとシミが出ているものもあって、わけもなく物悲しい気持になったりもした。
 「物は大事にしまっておかないで、どんどん使った方がいいわよ」しみじみと母が言う。「いつか、と思っているうちに歳をとってしまうのよ」言われてみれば、私も引き出しに香水やハンカチーフの箱を次々に押し込んだまま、滅多に開けることもない。後生大事にしていたつもりはないのに、しまい忘れている物がたくさんある。考えてみれば、あの頃の母の倍の年齢になっているのだ。思わず「人生って短いのねえ」とつぶやいたら「本当にその通りよ」と母が応じた。
 数年前、あの洋服ダンスもご用済みになって、トラックの荷台に載せられて行った。引き出しにあった品の中で、母が未だに使い続けている物がある。貿易商をしていた伯父が、嫁ぐ妹に贈ったキューティクル・セットである。つめ切り用にくるりと反り返った大小のハサミ、ヤスリ、なめし皮のついた艶出し、小さなクリーム入れなどが鏡のついたケースに収められているなかなかオシャレな品なのである。ヤスリと艶出しの柄、クリーム入れは象牙で出来ていて、小花の細工が施されている。「伯父ちゃんはずいぶん洒落たお祝いを下さったのねえ」と感心したら「私がマニキュアをしていたからよ」と言う。
「へぇ〜、ママは70年も前にマニキュアをしていたの?」
「そうよ。パーマもかけていたし、ハイヒールも履いていたわよ」と涼しい顔で言われてしまった。
 「ほとんど手探りなのよ」と言いながら、母は器用にハサミを使ってつめを切る。パチンのつめ切りは肉をはさみそうで、怖いのだそうだ。慎重に手を動かしていた母がとつぜん「灘のおばあちゃんは‘舌切り雀’のおばあさんが使うハサミでつめを切っていたわよ」と言ったので、思わずギョッとする。灘のおばあちゃんというのは母にとっての父方の祖母で、“きっと幸せになるよ”と言って幼かった母の頭をなでてくれたひとである。和裁用の小バサミでつめを切った曾祖母、伯父の思い出が宿るハサミを操る母、そしてパチンのつめ切りしか使えない私。懐かしい品々や思い出はいま、心の引き出しに入っている。
 母娘で過ごす昼下がり、廊下に溢れる初冬の陽射しは温かく優しい。
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