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老親とともに 信子と啓子
介護保険が危ない?(信子)

 「要介護5の認定がとれました」と看護師のKさんが教えに来てくれたのは、父が亡くなった日のことである。介護保険制度が導入される前年の12月、翌年から本格的にスタートするのを幾分かの期待を持って見守っていたころのことだ。父は新しい制度の利用者になることなく逝ってしまったけれど、市独自のさまざまの制度のお蔭で大変助かった。
 たとえば、介護用ベッド、ポータブルトイレ、車椅子などの無償貸与、訪問リハビリ、入浴サービス、理容サービスまで、さすが福祉先進自治体といわれるだけある。福祉公社のケースワーカーと看護師が、父の病状に応じて細かな相談にのり問題解決に力になってくれた。だから、私は、これで十分ということではないが、介護保険制度という新しい枠組みにとってかえる意味がよく理解できないでいた。
 母は、88歳の誕生月に介護申請をし、要介護1の認定だった。そして、翌年要介護2になった。制度のスタートと同時に利用者になったのだから、介護保険四年生である。年一回のショートステイ(7日)と通所サービスを週三回、家事援助を週一回、車椅子のレンタル、そのほか年に一、二回私の長時間の外出の際のお留守番などが利用の実態であり、母の利用できる点数内で十分にまかなわれてきた。
 ところが、この秋思いもかけないことが起こったのだ。昨年同様に、私の所属する合唱団の定期演奏会に出席するため、ヘルパーさんに車椅子での介助同道をお願いしたところ、「できない」との返事。「音楽会にいくなんてだめなんですって」と母はしょんぼり。やむなく有償ボランティアをお願いした。要介護の高齢者の持っている能力に応じて自立した日常生活ができ、最期まで人としての尊厳を保ちうるような社会のしくみを作ることが介護保険制度の目的といわれていたのに、なんだか腑に落ちなかった。
 いま、介護保険制度は発足4年目にして、財政破綻寸前とか。厚労省は「ヘルパー活動の不適切事例」という文書まで出して、制度利用の制限をしているとも聞く。介護予防、痴呆予防と自治体では新たな事業計画に、あの手この手。介護メニューの見直しや介護予防システムの導入によって給付サービスを抑制しようということらしい。
 予想をこえる急速な高齢化。高齢化社会、高齢社会とは、量的に人口が高齢化するということだけではない。政治も経済も社会も、高齢社会に突入することにどれほどの認識と覚悟と勇気と想像力をもっているだろう。
 母は間もなく93歳になる。陽あたりのよい部屋でテレビを見ながら小さなあくびをしている。母はしあわせだろうか。私にも自信のある答えはない。
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