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老親とともに 信子と啓子
ランチはナイショ!(靖子)

 母は男、女、女、女、女、女と続く六人兄姉妹の三番目だった。しかし10年ほど前に伯母が逝き、それから4ヶ月も経たないうちに伯父が亡くなって、今では四人姉妹になってしまった。最年長の母は目下一族の長寿記録を更新中である。年齢が近かった伯父や伯母とは子供の頃の思い出がたくさんあるようで、二人が相次いで旅立った時は本当に寂しそうだった。
「もう関東大震災の話や幼稚園の思い出話も出来なくなっちゃった」と。以前読んだ「幼ものがたり」の中で、著者の石井桃子さんが「きょうだい」が一人二人と欠けていって、一人生き残った気持ちを「枝のあちこちについていた柿の実が、たった一つぶらんとぶらさがった感じがした」と書いていらした。語り合う人がいてこそ、思い出は生きているのかもしれない。私は母にとって‘聞く人’以上にはなれないのだ。
 三人の叔母たちのうち、上の二人は神戸に住み、東京在住は末っ子の叔母だけである。ところが同じ都内といえども‘近くて遠い’のだ。叔母は長年、夫の介護に忙しく、容易に家を空けられないのである。このままではいつ会えるかわからないと思い、従妹に相談して「姉妹再会」のプランを立てることにした。彼女が考え出したのは、叔父がデイケアへ出かける日を選んで休暇を取り、叔母を連れて母を訪ねるという案である。寂しがりやの叔父には内緒にすることにした。当日は10時半に叔父を送り出し、デイから帰る3時半にはいつも通りに出迎えるというハードスケジュールである。一方、その日の朝になって叔父がデイ行きを拒むのも想定内といういたってフレキシブルな計画でもある。
 母は昼食に「五目寿司を作るわ」と言い出した。久しぶりに会う妹をせめて手作りの料理でもてなしたいと思ったのだろう。
「そうね、盤台ごとテーブルに出して、セルフサービスにしたらどうかしら?」
 献立は他に、大根、人参、いんげんとさつま揚げの煮物、熱々に蒸した市販のシュウマイ、トマトたっぷりのグリーンサラダ。箸休めには富貴豆、それにかぶときゅうりの一夜漬けである。お吸い物はショウガを効かせた豆腐のあんかけ汁に柚子を浮かべて。仕上げのデザートはアイスクリームにホームメードのヨーグルトをかけ、トッピングにはブルーベリージャムを飾ることにした。
 こうして‘ひみつのプラン’は順調に進み、当日は嬉しいことに願ってもない小春日和に恵まれた。予定通り、12時前に玄関のチャイムが鳴る。久々に会う叔母は背中がすっかり丸くなり、介護の苦労が思いやられた。
「曲がったねえ」
「貴女も曲がったわねえ」と、二人は顔を合わせるなり同じ言葉を口にして、思わず涙ぐんでいる。その間の歳月は母の上にも、叔母の姿にも、目に見える形となって表れているのだ。
 ランチは楽しく、叔母も従妹もよく食べ、よく喋り、よく笑った。母も私も大いに笑った。何しろ時間が限られているのだから、手も口もフル回転させなければならない。母がこんなに大声で笑うのも久しぶりである。従妹が「残り物を持ち帰る」と言うので、パックを用意しようと立ち上がった。すると母が私を制して「いいから、いいから」と腰の後ろで手をヒラヒラさせた。そのしぐさを見て叔母がまた笑い出す。「おばあちゃんにそっくり!」
「ああ、可笑しい」と手を取り合う二人を見て、従妹がポツリとつぶやいた。
「女の‘きょうだい’っていいなあ」
彼女は兄と二人兄妹である。
 その夜届いた従妹からのメールによれば、叔母はいつものエプロンをかけ、何食わぬ顔で叔父を出迎えたそうだ。「母も女優です」と書いてあった。その話をすると母はニンマリ笑って「あの妹(こ)もなかなかやるわねえ」
 いま、母の足元を彩るのは手編みの赤いルームソックス。クリスマスには少し早いけれど、叔母から「お姉さん」へのあたたか〜いプレゼントである。
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