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老親とともに 信子と啓子
疲れました。プッツンします。(信子)

 お芝居の招待券をいただき、夫と二人で出かけた。夕食前に出かけて夜も少し遅くなるので、いつも来てもらっているヘルパーさんに留守居をお願いした。めったに無いことなので、母は「京樽のおすしでも買ってもらって、おしゃべりして待ってるわ」といってくれた。明治座でお芝居なんて私は始めての経験、そのうえ人形町を歩くのも初めて。人形町という街のたたずまいが、どこか京都の高瀬川沿いの町並みに似ていて、お芝居好きの母に申し訳ない気がした。
 最短距離を大急ぎで帰宅したのだが、それでも夜10時になった。母は機嫌よくしていた様子で、お土産の人形焼を喜んでくれた。
 しかし、大急ぎで片付けをすませてお風呂の準備ができたのは10時半をすぎていた。
 お風呂に入って、私は芝居のあらすじを説明した。芝居は、日本橋開架記念にちなんで書かれた脚本で、その内容は母の興味を引くものではなかったので、逆に私が役者のことを母に尋ねることになった。「中村扇雀のお父さんはだれそれ、妹がだれで、、、、、、」などなどと次から次から話が広がってしまい、すっかり就寝時間が遅くなってしまった。11時は過ぎていたかもしれない。
 疲れる様子もなく、母はいつもどおりに楽しそうにしゃべっていたのだけれど、、、、、、。
 ベッドに腰掛けて、日めくりカレンダーを差し替えながら、不意に「木村さんのご家族はいつお見えになるの?」という。「えっ?」と私。「木村まさえさんよ」と母。木村まさえさんとは、すでに7年前に亡くなっている母の姉である。「ずいぶん会わないもの」と母。「まさえおばさんは亡くなったじゃない」と私。母はすこし怪訝な顔で沈黙。
 きもを冷やした私の気持ちなどよそに、「ああ、扇雀のはなしからすっかり頭がこんがらがってしまった」と母はけろりとしている。
 「今日は遅くなってごめんね。頭こんがらがっちゃったねえ」私は、母にすまない気がした。「おやすみ、ありがとう」母は変わりなく横になった。
 「疲れました。プッツンするよ。」といっているような顔をして。

 そうだなあ。91年、ずいぶん沢山歩いてきたんだなあ。疲れていることだろう、プッツンしたっていいじゃないか。どうぞ、ご遠慮なく。でも、お手柔らかにね。
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