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老親とともに 信子と啓子
おわりよければ(靖子)

 初冬の谷中霊園は静かだった。よく晴れた暖かい日で辺りに人影はなく、散り積もった落ち葉を踏むとカサコソと乾いた音がした。
「やっとお墓参りに来られたわ」しみじみと母が言う。
「ママと一緒にお参りするのは1年半ぶりよ。この前は桜が満開だったわね」
「もうそんなになるのね。本当に日が経つのは早いこと」
 長いあいだ墓参りを出来ずにいた母が、どうしても谷中へ行きたいと言う。ようやく体調も整ってきたので希望を叶えることにしたのである。
 久しぶりに降り立った日暮里駅は駅舎の改修が進んでいて、ホームの階段を上がると改札口がわからないほど様変わりしていた。
「まあ、すっかり変わったのねえ」と母は目を丸くしている。線路を挟んで墓地と反対側の駅前では大きなビルを建設中で、クレーン車が空に向けて長いアームを伸ばしていた。
「昔の面影が失くなっていくのは何だか寂しいわね」と言ったら、母は無言でうなづいた。
 谷中には子供時代の思い出がたくさんある。新年には家族揃って墓参をするのが我が家の慣わしだったし、それ以外にも父はことある毎に私たちを連れて行った。そんな折々に下町育ちの父から谷中界隈にまつわる話を聞くのは楽しかった。私が小学生の頃にはまだ幸田露伴の「五重塔」のモデルになった天王寺の五重塔があって、嵐の吹きすさぶ塔の上で風雨をにらみ、じっと構えて立つ大工の棟梁十兵衛の姿を思い描いたりした。当時関東で一番高いといわれた総ヒノキ造りの塔は昭和32年7月に放火で焼失し、今は‘谷中五重塔跡’として公園になっている。
 「パパ、みなさん、ごぶさたしました」と母は深々と二礼してパンパンと柏手を打った。父も祖父母も‘千の風になって’吹き渡っていると思いたい一方で、墓所に立てば父はやはりここに眠っているのだと、気持が落ち着くのが不思議である。谷中は桜の名所でもあって、見事な古木が多い。すぐ脇にある大木は春になると枝を伸ばして墓石の上に花のアーチをつくる。その木もすでに葉を落とし、黒々とした裸木の向うにはいくつものビルが見え隠れしている。昔は空しか見えなかったのにと思う。見まわせば、新しい墓もちらほらと目につく。その傍らに表面の文字も判読できないほど朽ちた墓石もあって、いやが上にも無常を感じないわけにはいかない。そして「風化したものは、僕にとっていつも美しく物語のある空間です」という画家有元利夫の言葉を思い出す。画面から詩があふれ出るような静謐なフレスコ画を遺した画家である。彼もまた谷中を愛したと美術誌で知った。
 母は「パパ、バイバイ。春になったらまた来るわね」とお墓に向かって手を振っている。家に帰れば帰ったで、「パパ、ただいま。お留守番ごくろうさま」と言うのだから、何とも面白いのである。 「今年は調子が悪い時もあったけれど、元気になってお墓参りも出来たし、よかったわね」と言ったら「お蔭さまで無事に新年を迎えられそうよ」と明るい声が返ってきた。
「こうして回復するのだから私はまだまだ大丈夫」
「冬の間は私がお参りするからママは無理をしないで、次は桜の季節に来ましょうね」
 ‘終わりよければすべてよし’、母とふたり、手をつないで落ち葉の谷中をあとにした。2007年もフィナーレである。

 手をとりて卒寿の母に寄り添えば落ち葉の路も花道となる
                               (靖子)
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