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老親とともに 信子と啓子
日日是好日(靖子)

 「こんちわ〜、奥さんいつまでも若いねえ」と自転車で追い越しながら声をかけていったのは長年利用している八百屋のあんちゃん。とたんに母の顔に笑みがはじける。実は彼があんちゃんだったのは私がまだ娘時代のことだから既に立派なオジさんだ。「あの人は今もあの店で働いていて、もう孫もいるんですって」この八百屋は周りにどんどん新しい店が増える中で、現在もまだ昔のままの店構えで商いをしている。母はこの店の玉ねぎが大好きなのだ。表皮までつやつやと光沢のある小ぶりの玉ねぎは甘みが強く確かに美味しい。お正月のくわいも必ずこの店で選ぶ。今では重い荷物が持てなくなった母に「少量でも届けますよ」と言ってくれる。大抵は近くのスーパーを利用するようになった母も、時には足を伸ばして立ち寄っている。商店街も覚えていられない程のスピードで店が入れ替わっていく時代に、昔から気心の知れた店で買い物をするのはホッと心安らぐ一時なのかもしれない。
 私達家族がこの町に引っ越して来たのは私がまだ小学校3年生の時だったから、母はもう55年も住み続けたことになる。かつては一戸建ての家が建ち並ぶ屋敷町だったのに、半世紀以上も経った今ではご多分にもれず、すっかり様変わりしてしまった。じわじわと店が増えマンションが建った。母の住む一角はまだかろうじて静けさを保っているが、この先いつまでこの状態が続くだろうか?ご近所の顔ぶれも引越しやら代替わりやらでずい分変わった。それでもまだ昔からの住人が少しは残っていて母の元気の素でもあり、私の安心の基でもある。とはいえ、その方達も母と似たり寄ったりの年齢になって、外に出ることも少なくなっているようだ。たまにバッタリ出会うと「お互いに元気で頑張りましょう」と励まし合っている。
 「今日はお向かいから栗ごはんを頂いたのよ。この間の高野豆腐のお返しですって」
 こんな気取らないお付き合いが続いているのは嬉しい。遠い昔私が子供だった頃、咲いたばかりの朝顔の花を一輪届けて下さったおばあちゃまがいらした。その小柄な和服姿と朝露にぬれた深い紫色を今もまざまざと思い浮かべることが出来る。ご近所にまつわる懐かしい思い出である。
 父の存命中は「パパがいなくなったら1人では暮らせないわ」と言っていた母。しかしいざその時が来てみると、駅にも近く銀行へも区役所へも歩いて行ける環境と、住み慣れた家から離れ難くなったらしい。私も母をデラシネにはしたくなかった。「ひとり暮らし」は母とも充分に話し合った末の結論である。私達姉妹が通いでサポートすることにしたのだ。
 あれから5年、その間「お母さんを1人にして、もし何かあったらどうするんだ?」と叔父からは近くに呼び寄せるように再三忠告を受けたがこれでよかったと思う。変わったとはいえ、この町でこそ、この家だからこそ、母はこんなにも自立していられるのだ。「いつまで?」と先走った心配はしないことにしよう。今はただ日日是好日であればいい。1月が来ると母は88歳になる。
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