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女友だち ときにはしみじみ、ときには抱腹絶倒する女の友情をめぐるエッセイです。
かおり

 夜が匂う。
 夜中、トイレに立つと、ふいに得も言われぬ香りが鼻先をかすめる。暗がりを歩くにつれて強くなったり弱まったりしながら、闇の衣に焚きしめられた香りが揺れる。
 水仙である。
 昼間、何気なく宅急便のダンボールを開きかけ、いきなりわぁっと立ち上る香気に圧倒されて急いで開けたら、箱いっぱいの水仙だつた。
関西に住む友人Kの好意である。
 庭に自生する水仙をざっくりと切り取って、根元をぬれ布巾で巻いてスーパーのポリ袋で包んだだけの、何とも無造作な、何とも贅沢な贈り物。
 Kは、部屋中にカレンダーを張り巡らして楽しむのが好きで、よく暮れになると拙宅に集まったカレンダーを取りに来ていた。去年郷里に引き上げてからは私が郵送することにして、そのお返しに送ってくれたのである。
 水仙は香りの花と知ってはいたが、たまに一輪挿しに活ける程度の、仄かな香りではそんなに強い印象はない。
 夜は、視覚を閉ざされた分、空間がぐっと凝縮され、嗅覚が鋭敏になる。佃煮にするほどの、たっぷりの新鮮な野生のエネルギーが夜の底で発散する濃密な香りに包まれて、初めて「香りの花」と納得した。
 香りは寒い季節の方が引き立つ。
 千里より一里が遠い春の闇
          飯田龍太
 離婚を考えながら心を決めかねていた早春の凍てつく夜、真っ暗な私道を歩いて辿り着いた玄関脇で、ふいに鼻先を沈丁花の香が襲った。そのあまりの間近さに泣き出しそうになって、玄関までのわずか数メートルの闇の深かったことを、思ったものだった。
 同時に、そう遠くない春を感じた。どんなに濃密でも凛とした清潔感を失わない水仙の香りも、沈丁花に似て寒さが似合う。何も書き込まれていないカレンダーの、新しい一年という時間のキャンバスに何を描こうかと夢膨らませる、ちょっと緊張感のある心の弾みに似ている。  暮れにカレンダーを送り、新春に水仙が届く。ちょっといい関係だなあと、花ならぬ鼻をうごめかしてみた。

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