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女友だち ときにはしみじみ、ときには抱腹絶倒する女の友情をめぐるエッセイです。
「ほうれん草」党

 「Mだけど、今いい?」
 「あ、ちょっと待って、ガス止めてくるから」
 どういうわけか、Mの電話はいつも火を使っている時にくる。作家という仕事柄、お茶でも飲んで一息入れようかというタイミングが、家に居ることの多い私と似ているのだろうか。
 話に夢中になって何度かヤカンの空だきをし、以来「話の前に火を止めて」が鉄則になった。度重なると、「お茶止めてくる」でもちゃんと通じる。
 「あ、ちょっと待って、ほうれん草止めてくるから」
 なんてこともあった。この時は、一瞬悩んだ。沸騰した湯にほうれん草を入れた瞬間に電話が鳴ったのだ。仕方がない。早すぎるけれど煮溶かすよりはマシと、ざるに上げて電話に戻った。
 「え、ほうれん草? 大変じゃない、かけ直すわよ、いいから!」
 電話の向こうでMの慌てた声が聞こえたが、条件反射のように身に染みついた行動は止めようがない。
 「ほうれん草の一束くらい、あなたの電話には換えられないワ」
 と、取りあえず先にゴマをすっておいて、おしゃべりにとりかかる。
 年経た女友達の妙味はこんな所にもある、と私は思う。
 「ほうれん草」と言えば即座に「あら大変」と応ずるのは、延々と台所仕事を引き受けてきた女たちの共有する地道な生活感覚だ。
 人生哲学、社会問題、よろず相談。何でもござれの話題の全部が、その生活感覚を軸につながっていて、話がどこに飛ぼうと、建前と「ほうれん草」との距離の遠近はお互いしっかり認識しているという信頼感がある。だから、言い訳なしに「今日のお昼はカップラーメン」と言えるし、テロ報復攻撃論一色の中でも暴力の悪循環や宗教戦争への危惧などを本音で話せるのだ。
 問題は、とめどないおしゃべりで肝心の用件を言い忘れてしまうこと。
 で、最初に用件を話し、最後に「今日の用事は○○ね」と確認するルールができた。年経た女友だちの、「ボケ&おしゃべり」自衛策である。
 おっと、電話だ。私は、チラと台所のガス台に目を走らせた。

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