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女友だち ときにはしみじみ、ときには抱腹絶倒する女の友情をめぐるエッセイです。
SOS

 「キムラさーん?」
 Yだ。電話の声がやけに暗い。
 「どうしよう、論文、書けない。六本書かなきゃいけないのに、まだ一本も書けてない。あと二週間しかない。けさ六時から決死の覚悟でワープロに向かってるのに、一行も書けない。心臓がどきどきして、どうしたらいいかわからない。助けて、何とかして、ねえ、どうしよう!」
 ありゃ、まただ。
 「大丈夫よ。いい? 大丈夫だから落ち着いて。焦って気持ちが上ずってるだけなんだから、ともかく落ち着いて」
 言いながら、素早く頭を回転させる。
 「そう、その調子。え、引き受けなきゃよかった? 今の大学へきたのが間違いだった? あなたねえ、論文書く度にいちいち十年も遡って落ち込んでてどうするのよ。餌がなくなると自分の足を食べちゃうタコみたい。
 で、今どんな状況? 資料もある、組立てもできてる、書けないだけ? 問題ないじゃん。文章も順番も考えないで、頭の中にあること全部、脈絡なしに下書きにしちゃえばいい。やった?
 じゃあ、今がどん底、一番苦しい時よ。内容もまとまりもなくて、箸にも棒にもかからないって感じでしょ? でも底に足がついたら、それ以上落ちないわよ。これから、こねた粘土から彫像を刻むように、支離滅裂な下書きから形を作っていけばいいの。少しずつ内容が固まって文章が締まってくる。そしたらぐんぐん集中できるから。そう、思い出したでしょ、その感覚」
 「・・・うん。・・・おフロ入ってくる」
 ふう。とりあえず危機は脱した。
 いつものことで、明日はケロリだ。
 生真面目で頑張り屋のYは、よくパニくっては電話してくる。子どもの保育園で知り合って以来の裏も表も知り尽くした古友達だから、この程度の応急処置なら何とでもなるのだ。
 特別なノウハウがあるわけでもなく、適当に想像しながら話をつないでいる内に自然に落ち着いてくる。長いつき合いの中で、お互い、相手の言葉や口調から自分に必要なメッセージを読みとるコツを身につけてきた。
 そうして出来上がった、自前のセーフティネットなのである。
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